愛と別れのその先へ第1話
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彼氏が性に興味ないって言うから、5年間、手をつなぐことと抱きしめることにとどまった。
キスも、親密な行為も、何もなかった。
同じ布団の中でも、彼は寄り添ってこない。
最初は、彼の性格がそうなのだと思った。
でも、ある日、彼は恩師の娘と子どもを作ると言い出した。
「ただ、精子を貸すだけだ。これは先生の遺言だから、断れないんだ。優香には、俺しか友達いないから」って。
私は、何も言わなかった。ただ、微笑んで、頷いた。
「うん。応援するよ」
もう、愛してない人のことで、正しいか間違ってるかなんて、争う必要ないものだ。
* * *
小川龍也(こがわ たつや)と付き合って、もう五年になる。
付き合う前、彼はこう言った。
「異性との、体の接触は苦手なんだ」
「もし嫌なら、別れてもいいよ」
優秀な人には、多少変な癖があるものだと思った。だから、私は特に気にしなかった。むしろ、彼のことも受け入れた。
五年来、私たちは穏やかに過ごした。
でも……
ある夜更け、突然、電話が鳴った。
龍也の恩師が、危篤だって。
電話を受けた彼は、何も言わずに服を着て、病院へ走って、翌朝、疲れ切った顔で帰ってきた。
朝食の席。
ふいに、彼が言った。
「優香と、子どもを作るつもりだ」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「え?何て言ったの?」
彼は相変わらず穏やかな顔してる。
「先生の容態が、もう長くない。一番望んでいるのは、娘の優香が、信頼できる誰かのもとに嫁ぐことだ」
「先生は、ずっと俺を助けてくれた。その恩に、報いなければ……」
私は言葉を失った。「でも、他の人に頼めば?優香ちゃんだって、普通に彼氏とか……」
龍也が眉を寄せた。「感情のこと、そんなに軽く考えていいのか?
それに、ただ子どもを作るだけ。
精子を貸すだけ。結婚するわけじゃない」
なにそれ、平然としての?
「龍也。今、何て言ったの?
あと一ヶ月で、結婚するんでしょ?それなのに、他の女と子供を作るって、どういうこと?」
龍也の眉が、わずかに寄せられ、その目にも、初めて苛立ちが浮かんだ。
「優香は、恩師の娘だ。妹のようなものだ。どうして、他人扱いするんだ?」
「妹が、自分の兄に『妊娠してほしい』なんて言うの?!」
わからない。
本当に、わからない。
そんな私の反応は予想外だったのか、龍也が一瞬だけ固まった。
でも、すぐにいつもの無表情に戻る。「幸(さち)、そんなに無茶苦茶言わないでくれ。俺は……」
話を遮られたその時、スマホが鳴った。
彼は画面を見るなり、表情を変えた。
「わかった、すぐ行く」
龍也は私の方を、一瞥もしない。立ち上がり、足早に部屋を出ていった。
テーブルの上には、朝から丁寧に作った朝食。彼が口にしたのは、ほんの一口だけだった。
ドアが閉まる音がした瞬間、私は全身の力が抜けたように、椅子にぐったりと座り込んだ。
いつから、こんな風になってしまったのだろう?
私は過去を思い返した。
大学時代、龍也は有名だった。「氷の男神」、「高嶺の花」と呼ばれ、誰も近づけない存在だった。
彼に近づこうとする者は、誰一人として例外なく、容赦なく、遠ざけられていた。
龍也が女嫌いだなんて噂さえ、ちらほら流れていた。
でも、私は信じなかった。
三年間、執拗にアプローチし続けた。
告白も、何度も何度も。
嫌がられても、逃げられても、諦めなかった。
そしてついに、彼は心を開いて、私のことを、受け入れてくれた。
付き合い始めてからも、彼は相変わらず、感情を表に出さない。
でも、それでもよかった。だって、彼は私の恋人だったのだから。
だけど……
どうして、婚約目前で、こんな決断をするのだろう?
「異性との接触は嫌だ」と、あんなに強く言っていたのに、よくも「ただ精子を貸すだけ」って平然と言えるなんて。
私はソファに座り、夜更けまでずっと待ち続けた。
でも、やって来たのは龍也ではなく、小林優香(こばやし ゆうか)からの動画メッセージだった。
動画の中では、龍也がベッドの前に立ち、彼の先生が彼の手を握り、力なく声をかけている。
「龍也君、私の状態は分かってる。この一生、期待することも何もない。ただ、娘が良い人を見つけて、穏やかに暮らせることだけが願いだ」
龍也は目元を赤らめ、俯いたまま、何も言わなかった。
その後、優香の声が口から零れ落ちた。「龍也君、お父さんの遺言だから、今夜、私は部屋で待ってる」
手が、緊張で強張っていた。
動画の最後、龍也の声が、かすかに聞こえた。
「わかった」
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