悲しみの白髪第3話
この話は約2498字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
二人は携帯をテーブルの上に置いた。そして三秒後、花梨の携帯が鳴り出した。
彼女は笑って、スピーカーをオンにして電話に出た。すると電話越しに望の切迫した声が聞こえてきた。「どこにいるんだ?大丈夫か?今からそっちに行くよ」
花梨は彼を落ち着かせるように言った。「そんなに焦らないで、ただ足首を捻っただけよ。私一人でも病院に行けるし……」
「勝手に動くんじゃない。その場で俺が来るのを待ってるんだ」電話の向こうからは雑音がしていた。「さっき着陸したばかりなんだ。二十分で着く!」
すると花梨は携帯を置き、笑って彩葉のほうへ視線を向けた。「あんたの負けね」
彩葉はきつく唇を閉じ、手のひらに爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
そして花梨はある小切手を彼女の目の前に出してきた。「十億よ。あんたの腎臓代だと思って。貸し借りはなしよ」
そう言い終わると、彼女は立ち上がり去っていった。そして階段を降りる時にわざと足を踏み外して、ドタンッと地面に倒れてしまった。くるぶしの辺りがすぐに赤く腫れあがった。
そしてたった十分で、望の乗る車が急ブレーキを店の前でかける音が聞こえてきた。
花梨が道端に座り込んでいるのを見て、彼は焦って目を赤くさせ、彼女を抱き上げた。まるで落としただけですぐ割れてしまう宝玉のように優しく扱っていた。
彩葉は泣きたくなどなかった。しかし、まるで涙自身が意思を持っているかのように、ポタリ、ポタリとテーブルの上にこぼれていった。
こうなることなど目に見えて分かっていたというのに、彼女の心はやはり誰かにナイフで刺されたかのように、ズキズキと痛み悲鳴をあげた。
車に乗り込む直前、花梨は後ろを振り返り、挑発的な視線を彩葉に投げつけてきた。
彩葉はカフェを出ると、望が買ってくれた靴を脱いでゴミ箱の中に捨て、裸足のまま一歩一歩病院へと向かった。
アスファルトの道を裸足で歩くと、足の裏が破けて血が滲み、道の上に血でできた足跡を残していった。
今回、お腹の中の子供はとてもおとなしかった。
手術の時、医者が何度も彼女にその意向を尋ねた。彼女は下唇をきつく噛みしめ、瞳を涙で滲ませていた。張り裂けそうな胸の痛みが止むことはなかった。
手術台から降りると、彼女の子供は事前に用意されていた冷たい透明な棺の中に収められ、葬儀屋に一時的に保管された。
彩葉が去る日、彼女は子供の葬儀を行った。
二時間後、彩葉のもとにようやく望から電話がかかってきた。
「彩葉、大丈夫だったか?さっき飛行機の上だったから、メッセージを見ることができなくてさ、本当にごめんよ。今さっき着陸したばかりなんだ、今からすぐにそっちに--」
「その必要はないわ」彩葉は、焦って心配しているふりをしている彼の言葉を遮った。「私は大丈夫だから、あなたは自分のやることをやってちょうだい」
電話の向こうは数秒黙り込み、望の後悔するような声が聞こえてきた。「ごめんよ、彩葉。悲しませてしまっただろう。仕事が片付いたら、今夜はしっかり君に付き合うからさ。記念日の埋め合わせをさせてくれよ」
そして少しして、花梨からショートメッセージが届いた。【私が彼を引き留めたら、数日家に帰らないんじゃない?】
それから三十分後、望からのメッセージが届いた。【彩葉、本当にごめん。海外のあるプロジェクトでちょっと問題が起きてさ、必ず俺がその対応をしないといけないんだよ。君は自分と子供のことをしっかり面倒見るんだぞ。俺の帰りを待っててくれ、愛してるよ】
彩葉はその【愛してるよ】という言葉をじっと見つめ、唇をぎゅっと結び、皮肉に染まる笑みを浮かべた。
この時、ドアをノックする音が響いた。
望の秘書が何人も引き連れてやって来たのだ。「奥様、ここにあるのは、五十嵐社長からの記念日の贈り物です」
さまざまなブランド品に、ジュエリーがそこに置かれた。そしてすぐ、リビングにはそれで小さな山ができた。
彩葉はその間ずっと一言も発しなかった。その贈り物を確認するような気持ちにもなれなかった。
この日の夜、彼女はまた夜が明けるまで座っていた。
それからの数日、花梨から絶え間なくメッセージが届いた。彼女は自分がインスタにアップした内容を全てスクリーンショットに撮って送りつけてきた。
望が花梨をおんぶして海辺をゆっくりと散歩しているシーン。彼女を連れて山頂に行き流星を眺め、願い事をしているシーン。二人一緒に陶芸工房へ行って、お揃いのコップを作っているシーン……
【これね、全部望が昔から私と一緒にやってみたかったことなんだ。今やっと彼の願いが叶ったわね】
彩葉はさっき見たシーンは、望と一緒に全てやったことを思い出した。
その時、彼女は彼の懐に抱かれ、キラキラと輝く瞳で彼を見上げた。「どうしてこんなにロマンチックなことを考え出せるの」
望は彼女を見つめ、意味ありげな瞳で言った「君といろいろロマンチックなことをしておけば、年を取った時に懐かしむことができるだろう」
その時のあの彼の意味ありげな眼差しは、一体誰のためだったのか?
そして花梨はある動画を送りつけてきた。それは望が酒にべろべろに酔っぱらっている様子で、彼女の膝に頭を乗せて、酔って朦朧とする中、愛情深い眼差しでこう言った。「花梨、俺、やっと君と一緒になれたよ。とっても幸せだ……」
彼のその眼差しと口から出るその言葉は、まるで新婚の夜そのものだった。
そしてその新婚の夜の彩葉はというと、幸せいっぱいで、自分のことを世界で一番愛してくれて、その愛に応える意味のある男と一緒にいられると思っていた。
彩葉は手を震わせ、突然思いっきり携帯を壁に叩きつけた。
彼女は顔を両手で覆い、床にしゃがみ込むと、膝を抱いて悲痛な泣き声をあげた。
望、どうしてあんたが幸せになれるというの。幸せになる資格なんてあんたにあるのか?
彩葉は力強く顔に残る涙を拭い、携帯を拾い上げて、花梨が送ってきたメッセージを全てコピーして保管した。
そしてあの日、カフェで話した内容の録音も、ペン型のボイスレコーダーに移しておいた。
彼女がここを去るその日、彼らへの贈り物の一つとして、一緒にあの男に送ってあげるのだ。
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