忘却の風に身を任せ第3話
この話は約1759字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
詩穂が断る暇もなく、颯真は彼女の手を引いて車へ連れていった。
車が高級クラブの前に停まると、颯真は車から降り、回り込んで彼女のドアを開けてくれた。
詩穂は黙ったまま車を降り、そのまま会場へ。
クラブに入ったその瞬間、彼女の視線は一つの馴染み深い人影に吸い寄せられた。
白石緋月。
白いワンピースに、長い髪をふわりと垂らし、優しい微笑みを浮かべながら友人たちと談笑している。
緋月は颯真の幼なじみだ。幼い頃から一緒に育った二人だが、詩穂が颯真と付き合っているこの三年間、二人が接点を持つことは一度もなかった。
まさか、颯真が緋月を好きだなんて、考えたことはなかった。
緋月が二人の手が繋がれたまま会場に入ってくるのを目にしたそのとき、彼女の笑みは微妙に変わり、まるで全てを知っているかのような含み笑いを浮かべていた。その「99回の復讐」についても、彼女が知っているということを……
詩穂は急に息苦しさを覚えた。
颯真も緋月の存在に気づいたのか、彼女の手を握る指が一瞬強ばり、そしてそっと手を離した。
「ちょっと電話してくる。先に楽しんでて、すぐ戻るから」と彼は詩穂に言った。
詩穂はその場に立ち尽くし、彼の背中が遠ざかるのを見ていた。胸の奥が冷え切っていくのを感じる。
何かを言おうとする間もなく、緋月がおとなしく颯真の後を追っていった。
二人の背中が、会場の角を曲がって消えていった。
詩穂は二人がどこで何をしているのか気にする余裕もなく、すぐに颯真の仲間たちに囲まれた。
「お義姉さん、飲もうよ」彼らはニヤニヤしながら彼女に酒を差し出した。「私、お酒はちょっと……」
「いいじゃん、一杯だけ」
そう言って、彼らは詩穂の手に無理やりグラスを押し付け、彼女を前へ押しやった。
詩穂は振りほどいて逃げようとしたが、誰かの強い力で、背中を突き飛ばされた。
「きゃっ――!」
驚きの声を上げた瞬間、彼女の体はバランスを崩し、隣のプールに真っ逆さまに落ちていった。
冷たい水が一気に全身を包み込む。
詩穂は泳げない。必死に手足を動かすが、どんどん深みに沈んでいく。
口と鼻に水が入り、息ができない。意識がどんどん遠ざかっていく。
目の前が暗くなり、ついに、何も感じなくなった。
……
再び目を覚ました時、詩穂は見覚えのある部屋のベッドに横たわっていた。
頭がぼんやりと重く、体が燃えているかのように熱い。
うっすら目を開けると、颯真がベッドの横に座り、水と薬を持っている。
「熱だ。薬を飲め」颯真の声は低く、どこか優しさを感じさせた。
詩穂はぼんやりと薬を受け取り、水で飲み下した。
それ以上考える余裕もなく、喉が痛むのを感じながら再び目を閉じようとしたが、体の熱はますますひどくなるばかりだった。
どれほど時間が経ったのかわからない。ようやく目を開けると、颯真の姿はもうなかった。
彼女はなんとか体を起こし、自分の額に手を当てた。熱い。まるで燃えるようだ。もうだめだ。病院に行かなきゃ……
ふらふらになりながら、ようやく病院にたどり着いた。
点滴を打ってもらい、ようやく熱が少し下がった。
診察を終えた医者が、眉をひそめて言った。
「早く来てよかったですよ。もう少し遅かったら、肺炎になるところでした」
ベッドにもたれながら、詩穂はかすれ声で尋ねた。「先生、ちゃんと薬を飲んだのに、どうしてこんなにひどくなったんですか?」
医者は少し驚いたような顔で、「どんな薬を飲んだんですか?」
詩穂はポケットから小さな薬瓶を取り出した。「彼氏がくれた風邪薬です」
医者はその瓶を開けて中身を確認した途端、表情が一変した。「これは風邪薬じゃありません。瓶は確かに風邪薬のものですが、中身はただの飴です。薬効はまったくありません。むしろ、病状を悪化させる原因になります」
心臓が、またしてもズキリと痛む。指先が細かく震えた。
その時、スマホが激しく振動し始めた。
かろうじて手に取り、画面を覗くと、颯真の仲間たちからのメッセージが次々に届いていた。
【ハハハ、第97回目の復讐大成功!】
【この作戦考えたやつ、天才すぎる。まずプールに落とし損ねて、次は兄貴が薬をすり替えるとか。あいつ今ごろきっと地獄みたいに苦しんでるな】
その直後、焦ったようなメッセージが飛び込んできた。【やばー、送るグループ間違えた!このグループ、あいつもいる!】
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