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忘却の風に身を任せ第1話

この話は約2321字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

神崎颯真(かんざき そうま)が事故で大怪我を負った。それを聞いた七瀬詩穂(ななせ しほ)は急いで病院へ駆けつけ、大量出血の彼に1000ccもの血を提供した。

彼の仲間たちが「早く帰って休んだほうがいい」と口々に言うものだから、詩穂は仕方なく病室を後にしたのだが、出口まで来たところで、どうしても心配が募り、また引き返してしまった。

しかし、戻った彼女の目に飛び込んできたのは、看護師が自分の血液が詰まった五袋もの輸血パックをゴミ箱に捨てている光景だった。

その直後、隣の病室から天井が抜けそうなほどの笑い声が響き渡っている。

「はははっ、あのバカ、また騙されたぞ!」

* * *

神崎颯真(かんざき そうま)が事故で大怪我を負った。それを聞いた七瀬詩穂(ななせ しほ)は急いで病院へ駆けつけ、大量出血の彼に1000ccもの血を提供した。

彼の仲間たちが「早く帰って休んだほうがいい」と口々に言うものだから、詩穂は仕方なく病室を後にしたのだが、出口まで来たところで、どうしても心配が募り、また引き返してしまった。

しかし、戻った彼女の目に飛び込んできたのは、看護師が自分の血液が詰まった五袋もの輸血パックをゴミ箱に捨てている光景だった。

その直後、隣の病室から天井が抜けそうなほどの笑い声が響き渡っている。

「はははっ、あのバカ、また騙されたぞ!」

呆然としながら半開きの病室の扉を覗き込むと、人だかりの中に、病衣を着たあの男の姿が見えた。

颯真はベッドにだらしなくもたれかかり、スマホをいじっている。少しばかり誰かの背で顔が隠れているものの、しっかりした鼻筋と、彫りの深い眉骨ははっきりと見て取れる。

どこが重傷なんだ?

詩穂は目を瞬かせ、自分が悲しみのあまり幻覚を見たのではないかと思った。

「なあ、みんな、今回で何回目の復讐か数えてみようぜ?」

「最初はな、兄貴が贈る予定だったネックレスをなくしたって嘘をついて、あいつが大雪の中を一晩中探し回ったときだな。結果、40度の高熱を出しても諦めなかったっけ」

「二度目は、兄貴が意識不明になったって騙して、あいつは999段の階段を夜通し登ってお守りを手に入れてきた。でも、そのお守りは兄貴がとっくに捨てちまったけどなあ」

「三度目はカンニングをでっち上げて、あいつの卒業を潰した。必死に無実を証明しようとしている姿、今思い出しても笑いが止まらないぜ」

「今回の献血の件で、たしか九十六回目だろ?あと三回でゲーム終了だ。いやぁ、兄貴もよく我慢したもんだ」

「だってさ、あいつ昔、緋月のダンス大会の優勝を奪ったんだから。一晩中泣きじゃくった緋月の姿を見て、兄貴が許すはずないじゃん。だからこそ兄貴はあいつと付き合って、99回復讐するって決めたんだよ。でも、復讐終わったら、あいつはポイだな。ちょっと寂しくなるけど、まあ仕方ないか」

……

耳の奥がジンジンする。まるで雷が頭上で炸裂したかのような衝撃だった。

詩穂は心がまるで刃物で切り裂かれるように痛み、胸を押さえながら大きく息を吸い込む。苦しくて呼吸すらままならない。

信じられなかった。今聞いた言葉。あの颯真が、まさか自分と付き合った理由が、復讐のためだったなんて。

彼は、自分がどれだけ彼を好きだったか、きっと知っていたはずなのに。

神崎颯真――京市で名を馳せる名家の御曹司。学業、家柄、容姿、どれをとっても完璧な存在だ。当時、彼を一目見た女子は誰もが彼に恋をするという噂まで流れたほどだ。

七瀬詩穂もそんな彼に恋をした一人だった。

詩穂はプライドを捨てて三年間も追いかけ続けた。彼はずっと無反応だったけれど、ある日突然、奇跡のように告白を受け入れてくれた。

本当に夢が叶ったと思っていた。まさか、それが全部、残酷な復讐劇だったなんて。

彼が彼女の告白を拒んでいたのは、心の中に白石緋月(しらいし ひつき)という存在がいたから。

そして告白を受け入れたのは、自分が緋月の優勝を奪い、緋月を泣かせたから。

その復讐のために、彼は99回の嘘で、彼女を地獄の底へ突き落としたのだ。

涙が止まらない。喉は何かで塞がれたように苦しく、息をすることさえできない。

病室の中で、嘲笑う人々。颯真の冷たい横顔。

自分が、まるで道化のようだと、ふと気付く。

真心を込めて自分の気持ちを差し出したのに、彼はそれを容赦なく踏みにじり、ゴミのように投げ捨てた。まるで紙くず同然にされたかのようだった。

その時、病室の誰かが異変に気付き、扉の方を振り向いた。

詩穂は慌てて背を向け、早足でその場を離れた。

歩くうちに、どんどん速くなり、ついには走り出していた。

どこへ行けばいいのか分からない。ただ、ここから逃げ出したかった。颯真から、この悪夢から。

もう一歩も動けなくなるまで走り、ついにその場にしゃがみ込むと、涙が堰を切ったようにあふれ出す。

顔を両手で覆い、喉の奥から押し殺した嗚咽が漏れる。あふれる痛みと悔しさを、すべて涙で流すように。

笑っちゃうよね、七瀬詩穂。あんた、本当にどうしようもない馬鹿だ。

どれくらい時間が経ったかわからない。ふいにスマホが鳴った。

震えながら電話を取ると、母の柔らかな声が聞こえてきた。

「詩穂、お父さんも私も、もうすぐ海外に移住するわよ。本当に一緒に来なくていいの?」

少し前、親の海外赴任が決まり、一家で引っ越す予定だった。でも、颯真への未練が捨てきれず、ずっと答えを先延ばしにしていた。彼のために、京市に残ることさえ考えたほどだった。

だけど今は、こんなにも皮肉な気持ちしか湧いてこない。

「ううん」と、頬の涙をぬぐい、深く息を吸う。声は掠れていたけれど、決意だけははっきりと込めて答えた。「お父さん、お母さん、私も一緒に行く」

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