心臓と共に去った愛第2話
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私の目尻ににじんだ涙に気づいた瞬間、司の瞳がきゅっと細くなり、こちらへ歩み寄ろうとしたその腕を、凛沙がさっとつかんだ。
「あなたが司くんのお姉さんですよね?スマホの中で見たことあります!」
彼女は司の手をぱっと放し、ぷんと足を踏み鳴らした。
「来るなら一言くらい言ってよね。こんな顔じゃ会えないじゃない!」
司は甘ったるい顔で彼女の髪をくしゃっとかき混ぜ、「そのままで十分かわいいよ」と低く囁いた。
その親しげな仕草は、かつて私と恋をしていたころの司そのものだった。
二人がさんざんいちゃついたあとで、ようやく凛沙が恥ずかしそうに司の胸から抜け出し、「よかったら、上で少しお茶でもどうですか」と私を二階に誘った。
私は静かにうなずいた。
ドアを開けた途端、小さな猫が私の足もとめがけてぴょんと飛びついてきた。
私は思わずその場で固まった。
一気に、昔の記憶がよみがえる。
私は何度も司に甘えて子犬を飼いたいとねだり、その子の世話は全部自分がやるとまで約束したことがある。
なのに司は、潔癖だからとか、ばい菌がどうとかを理由に、いつも首を縦には振らなかった。
胸の奥に、じわじわと苦さが広がっていく。
そのとき、凛沙が頬を赤く染めてぐっと顔を近づけ、耳元でこっそり囁いた。
「お姉さんは知らないでしょ?この子を飼うまでに、私がどれだけ大変な目にあったか。司なんてもう、ほんと獣みたいで、三日間ベッドから起き上がれないくらいだったんだから」
猫砂を片づけている司をちらりと見やって、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「自分は潔癖だなんて言ってたくせにね。絶対ウソだから」
そう言いながら、彼女は何気ないふりをして、ソファの下に隠してあったレースの下着を指先でつまみ出した。
私は思わず眉をひそめ、そのソファで二人が何をしていたのかを想像した瞬間、込み上げる吐き気に襲われた。
所詮、まだ若いのだ、と私は思う。凛沙の浅い駆け引きなんて、一目で分かってしまう。
頬いっぱいに不満を浮かべた凛沙は、ぎゅっと拳を握りしめて、拗ねたように司の胸をぽかぽか叩いた。
「ちゃんと片づけておいてくれないからだよ。お姉さんに見られたら、嫌われちゃうじゃない!」
司は凛沙を気遣うように何度も謝りながら、その視線だけは私に向けて鋭い警告を突きつけてきた。
その瞬間、私のスマホがぶるりと震えた。
ずっと私の吹き出しだけが並んでいた固定表示のトーク画面に、ようやく相手からのメッセージが現れた――
【俺たちのことに、凛沙を巻き込まないでくれ。彼女は何も悪くない。
おじいさんのことも考えて。今も一ノ瀬家の療養施設にお世話になっているんだろ】
私は両拳をぎゅっと握りしめ、爪が掌に食い込むのもかまわず力を込めた。
それでも、たった一人残った家族を守るために、こみ上げる不快感と嫌悪を必死で押し殺し、私はソファに座り直して、そのトークの固定表示をそっと外した。
凛沙をなだめ終えると、司はくるりと背を向けてキッチンへ向かった。
部屋を出る前、彼は心配そうにこちらを振り返る。
まるで、私がまた凛沙を傷つけでもするんじゃないかと疑っているみたいに。
台所から聞こえてくる包丁の音まで、どこかせわしなく聞こえた。
テーブルの上には、辛い料理ばかりがずらりと並び、どれも凛沙の好みに合わせた味つけだった。
そんなときに限って、私の胃には胃酸がせり上がり、みぞおちを押さえたまま、その場に崩れ落ちた。
その様子を見て、司の顔には、珍しく私のことで動揺した色が浮かんだ。
「澄佳、また胃が痛くなったのか。今すぐ薬を買ってくるから……」
司が立ち上がったその瞬間、凛沙もお腹を押さえ、今にもこぼれ落ちそうな涙を目にためた。
「司くん、お腹がすごく痛い、ああ――」
司は一瞬も迷わず凛沙を抱き上げ、そのまま床に投げ出されていた私の手の甲を踏みつけて、そのまま駆け出していった。
もう痛いと声を上げる気力さえ残っていなかった。
次に目を開けたとき、私は病院のベッドの上にいた。
ベッドの脇では、司が延々と電話をつないだまま、怯えた凛沙をなだめていた。
私が目を覚ましたのに気づくと、司は適当な理由を口にして電話を切り、横のテーブルに置かれていた、すっかり冷めたお粥の椀を手に取って、私に食べさせようとした。
「澄佳、先生が言ってた。ずっと食事が不規則だったせいで、また胃を悪くしたんだって。
いい子だから、お粥ちゃんと食べな。午後にまた、胃に優しいスープを作ってやるから」
その目に浮かんでいる気遣いは、どう見ても演技には見えなかった。
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