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彼は愛を口にしない第1話

この話は約2106字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「北村さん、本当に戸籍を移したいのですか?もし戸籍を移せば、佐藤さんとの結婚申請は無効になります。法律上、直系姻族の間の婚姻は禁止されています」

北村知佳(きたむら ちか)はふっと笑った。

「仕方ないでしょ。長年行方不明だった私の実の両親が、婚約者の養父母だなんてね」

電話越しの担当者は一瞬黙り込んだが、すぐに事務的な口調で答えた。「それでは関連書類を持って結婚無効証明を受け取りに来てください。大体一週間ほどかかります」

「分かりました」

* * *

「北村さん、本当に戸籍を移したいのですか?もし移転が成功すれば、あなたと佐藤さんの結婚申請は無効になります。法律上、直系姻族の間の婚姻は禁止されています」

北村知佳(きたむら ちか)はふっと笑った。

「仕方ないでしょ。長年行方不明だった私の実の両親が、婚約者の養父母だなんてね」

電話越しの担当者は一瞬黙り込んだが、すぐに事務的な口調で答えた。「それでは関連書類を持って結婚無効証明を受け取りに来てください。大体一週間ほどかかります」

「分かりました」

電話を切ると、知佳は視線をオークション会場の入り口に向けた。

会場では、世界でも珍しいサファイアの指輪が競売にかけられており、落札者には指輪の命名権が与えられるという。

立ち上がり、知佳は指輪を見た。

すると、佐藤健太(さとう けんた)が彼女の視線の先に気づき、まるで彼女が欲しがっているとでも思ったのか、すぐさま競りに参加し、巨額の20億円を投じて指輪を落札した。

扉を押し開けて入った瞬間、場内の視線が一斉に知佳へ集まる。

健太は赤いケースを手に、片膝をついた。

「知佳、もう俺のプロポーズを受け入れてくれたけれど、それでももう一度、プロポーズしたいんだ」

「この指輪の名は知佳。俺が君に捧げる、永遠の愛を表したいんだ」

知佳が見下ろすと、彼の瞳には偽りのない愛を感じた。

だが、彼は彼女が留学していた三年間、郊外の別荘に彼女に瓜二つの愛人を囲っていたのだ。

立ちつくしていると、健太は彼女の手を取り、そっと指輪をはめた。

後方の席にいた若い女が、友人の腕を引っ張りながら羨ましそうにに囁いた。

「北村さんが留学に行ったとき、佐藤社長は三年間ずっと待ってたんだって。言い寄る女は全員断って、彼女が帰国するとプロポーズしたみたい。今は書類の準備中なんだって」

「それだけじゃないよ。北村さんが昔、生死の境をさまよったとき、佐藤社長が肝臓を提供して助けたって聞いたわ。私も将来結婚するなら佐藤社長みたいな人がいい。家の都合で縁談なんて、絶対いや」

「素敵すぎる……羨ましいな。絶対に幸せになってね」

健太は微笑み、知佳を抱き寄せた。

「知佳、俺は一生、君を裏切らない」

彼は周囲の人に向かって大きく愛を宣言した。

だが知佳の胸には、痛みが走った。

昔、養父に半殺しにされていた自分を助けてくれた時も、彼は同じ言葉を口にした。

そのとき、健太は暗闇の中の唯一の光だった。

知佳は対等な愛を望み、彼に頼りたくないと強がった。

すると彼は、彼女と一緒に皿を運び、飲み会に付き合い、胃を壊して吐血し入院するまで働き詰めた。

その姿に知佳は心を打たれ、病室で泣きながら「もうアルバイトも節約もしない」と約束した。

健太は「遅かれ早かれ結婚する。俺が稼ぐ金はすべて二人の共同財産だ」と言った。

それ以来、彼の金は彼女の金とされるようになった。

知佳は、彼にとってなくてはならない存在であり、決して手放せない唯一の存在だった。

彼は雪の荒野を越えて北極まで行き、エーデルワイスを摘んできた。

それは、彼女がエーデルワイスという歌を聴いて「帰る場所が分からない」と泣いたからだ。

知佳の両親を見つけられなかった彼は、せめて歌の中の花を彼女に見せようとした。

彼は年月をかけて愛を語り続けたが、その思いは三年間の空白で崩れ去った。

知佳は良い顔をしなくて、彼を押しのけた。

シャツの上のボタンは外れ、胸元には紫色の痕をのぞかせている。

「愛してる」と言いながら、心に浮かべていたのは彼女か、それとも愛人か。

健太は彼女の異変に気づかず、手を強く握った。「帰ろう。今夜は君の好きな料理を作るよ」

そしてスマホを取り出して時間を確認した。

「そうだ、君の好きな映画がやっている。食事のあと観に……」

言い終える前に、彼はふと動きを止めた。

画面にメッセージが表示される。

【ご主人様、今夜は猫娘ですよ】

健太はごくりと唾を飲み、慌ててスマホをしまった。「知佳、ごめん。会社に急ぎの用ができて、映画は一緒に行けなくなった」

額にキスしようとしたが、知佳はさりげなく避けた。

「仕事なら仕方ないわ。私は一人で帰るから」

彼を見送ったあと、知佳は指輪を外し、バッグにしまった。

以前なら、こんな高価な贈り物は受け取らなかった。

だが今は違う。

佐藤家は彼女の実の両親の家だ。

戸籍が移れば、彼女と健太は血のつながらない兄妹になる。

兄が妹に贈り物をするのは当然のことだ。

知佳にも準備がある。

彼女はLINEを開き、実の両親にメッセージを送った。

【お父さんお母さん、戸籍が移ったら健太に私たちの関係を話しますね】

あと七日。

彼がこの贈り物を喜んでくれることを願う。

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