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彼の言う「永遠」は、もういらない第1話

この話は約2707字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

夫の神谷研(かみや けん)には、生活のあらゆる予定を優先順位ごとにきっちり振り分ける癖があった。

共有カレンダーでは、赤は変更不可、黄色は調整可能、灰色はいつ延期してもいい予定を意味している。

研の母親の誕生日は赤。

友人との飲み会は黄色。

そして、私、浅倉妙(あさくら たえ)に関する予定は、いつも灰色だった。

付き合って7年間、私はずっと、研にとって後回しにされる存在だった。

結婚記念日の日、私はレストランで、テーブルの上の蝋燭が燃え尽きるまで彼を待っていた。

けれど研は、夕食を来週に延期すると一方的に決め、ボイスメッセージを送ってきた。

「寧々さんが潔癖症で、引っ越し業者に段ボールを触らせたくないらしい。少し手伝ってくる。

君ならわかってくれるよな。今度ちゃんと埋め合わせるから」

冷めきった料理を見つめながら、私は研を問い詰めることもしなかった。

ただ、静かに共有カレンダーに残された過去の記録を開いていった。

私の胃カメラの再検査は、白井寧々(しらい ねね)の猫を迎えに行く予定のために変更されていた。

父が手術を受けた日も、彼は寧々の家の鍵を交換するために出向き、来なかった。

婚姻届を提出する日でさえ、彼は先に寧々のマットレス選びに付き添い、私は一人で役所の閉庁時間まで待たされた。

彼が変更した灰色の予定の後ろには、必ず寧々の赤い予定が入っていた。

その下のメモ欄には、たった一言だけ残されていた。

【無条件で最優先】

その一文を長い間見つめて、ようやく私は、研が以前言っていた言葉を思い出した。

「予定にえこひいきなんてない。ただ、重要度に差があるだけだ」

つまり、私の体も、私の家族も、私たちの結婚生活も――研の優先順位の中では、寧々の潔癖症にすら及ばなかったのだ。

私は共有カレンダーを削除し、離婚協議書を弁護士へ送った。

研は何もかも予定通りに進む人生が好きなら、今日から私は、彼の残りの人生のカレンダーから姿を消す。

* * *

家に戻ると、家の中は灯りもついておらず、ひっそりとしていた。

研はまだ帰ってきていなかった。

ダイニングテーブルの上には、朝出かける前に飾った花があった。花はもう、すっかり元気を失い、うなだれている。

本来なら、記念日を彩るためのものだった。

けれど今見ると、枯れゆくその花は、私たちの結婚の行き着く先を映しているようだった。

私は玄関で灯りをつけ、うつむいたまま靴を脱いだ。

昔、研はよく言っていた。

私が家にいるかどうかは、すぐに分かる、と。

どんなに遅い時間に帰ってきても、家の中から聞こえる生活音と、灯りがついているのを見れば、家には自分を待っている人がいると分かるのだと。

けれど今になって、ようやく気づいた。

彼が好きだったのは、私じゃない。

いつも明かりが灯っていて、いつまでも自分を待ってくれる誰かがいる「家」が好きだっただけだ。

私はキッチンには向かわず、そのまま書斎へ入った。

書斎の一番奥の棚には、私の書類ケースが置いてある。

パスポート、銀行のカード、父がこの数年で受けた手術の診療記録、それから祖母が私に残してくれた小さな家の権利書……

どれも研とは関係のない、私だけのものだった。

そして、ここを離れる私が何より先に持っていくべきものでもあった。

書類をバッグにしまい終えたその時、玄関の鍵が回る音がした。

研が帰ってきた。

彼は靴を履き替えながら、うつむいたままスマホを見ていた。

眉間には、面倒ごとを片付けたあとの疲れが浮かんでいる。

車のキーを玄関の棚に置き、そこでようやく私の存在に気づいたように口を開いた。

「もう帰ってたのか。寧々さんのところ、荷物の片付けが終わった」

私は短く「うん」とだけ答えた。

彼はダイニングのほうへ視線を向け、テーブルの上の萎れた花に気づくと、一瞬だけ動きを止めた。

ネクタイを緩めながら、少し困ったような声で言う。

「まだ怒ってるのか?今度埋め合わせるって言っただろ。寧々さんは一人で引っ越しだし、荷物も多かったんだ。

それに、師匠が亡くなる前に寧々さんのことを頼むって言ってた。放っておくわけにはいかないだろ」

私はバッグのファスナーを閉めた。

「ええ。放っておかなくていいのよ」

研が顔を上げ、私を見る。

たぶん、私の声があまりにも静かだったからこそ、逆に落ち着かなかったのだろう。

「妙、君……前はこんなんじゃなかったよな」

「前って、どんなだった?」

「少なくとも、俺の話を聞いてくれてただろ」

私は彼を見つめた。

7年の間、彼は約束を破るたび、必ず理由を用意していた。

寧々の猫がストレスを感じていたから、病院へ連れて行かなければならない。

寧々の家の水道管が壊れたから、様子を見に行かなければならない。

寧々のアレルギー、風邪、引っ越し、鍵の交換、不眠……

彼女の人生は、まるでどこかで絶えず水漏れしている家のようだった。

そして研は、いつだって誰よりも早く工具箱を抱えて駆けつける業者だった。

しかし、私のほうはどうだった。

胃が痛くても、我慢すればよかった。

記念日は、あとで埋め合わせればよかった。

父の手術に立ち会えなくても、仕方がなかった。

役所の職員が帰ってしまっても、婚姻届は別の日に出せばよかった。

以前の私は、研はただ責任感が強すぎるだけなのだと思っていた。

でも後になって、ようやく気づいた。

問題だったのは、責任感じゃない。彼の中にある、明らかなえこひいきだったのだ、と。

研が近づいてきて、私の顔に触れようと手を伸ばした。

「もう怒るなよ。明日の夜、店を予約して、君が好きなあの料理屋に連れて行ってやるから」

私は体を横にずらし、その手を避けた。

彼の手は宙に残ったまま、表情がわずかに曇る。

「妙」

「私、明日は少し出かけるから」

「どこへ?」

「片付けたい用事があるの」

彼は眉を寄せた。

「俺たちの記念日より大事な用事なのか?」

その言葉が彼の口から出ると、なぜか妙におかしく感じた。

私は答えず、書類ケースをスーツケースの一番下へしまった。

研はそれを見て、ようやく何かがおかしいと気づいたようだった。

「荷物をまとめて、何をするんだ?」

「自分のものを、少し持っていくだけ」

彼はスーツケースを数秒間じっと見つめたあと、突然小さく笑った。

「もういい加減にしろよ。芝居はやめろ。結局、俺に気にかけてほしいだけなんだろ?埋め合わせるって言ってるのに、これ以上どうしろっていうんだ。

まだ気が済まないなら、明日また話そう」

彼はドアの前まで歩いてから、さらに一言付け加えた。

「そうだ。寧々さんが明日、病院で再検査を受けるんだ。君、午前中は空いてるだろ?ついでに送って行ってくれないか」

私はその場に立ったまま、静かに答えた。

「空いてない」

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