幾星霜を君と共に、末永く幸せを第3話
この話は約1591字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
陽菜は離婚協議書を力一杯握りしめた。婚姻そのものが嘘なら、もう遠慮する必要もない。泰成と関わる必要もない。
書斎のドアが開き、泰成は陽菜がいることに驚いた。一瞬目に慌てが浮かんだが、すぐに平静を取り戻す。
彼は苛立ったように彼女をにらんだ。
「夜中に起きて何してる?まさか僕を見張ってたのか?雪ちゃんはただの……」
「ただの友達でしょ?わかってる」
陽菜の声は震えていたが、初めて泣くでも怒鳴るでもなく、微笑みながら泰成を見つめた。
泰成は言葉に詰まり、説明の言葉を飲み込んだ。しかし元来自尊心の高い彼は、自分に非があるとは思わなかった。
「ああ、友達だ。勘ぐるな」
陽菜は聞きたかった。どんな友達、ベッドを共にする友達なのかと。
だが口に出しても無意味だと悟った。
「勘ぐってない。疲れたから、あんたも早く寝て」
陽菜が去った後、泰成は長い間立ち尽くした。冷たくされるこの感覚が、なぜかイライラさせた。
陽菜は他人には冷たくても、彼の前ではいつも甘えん坊で、最も脆い部分を見せてきた。彼は彼女の弱点を知り尽くし、毎回正確に痛い所を突けた。
泰成は彼女が自分に深く愛情を持っていると信じていた。そうでなければ、何度も彼のイメージを守ったりしない。そう考えると安心し、風呂場に向かった。どうせ明日には彼女が機嫌を直して寄ってくる。
隣で泰成が規則的な呼吸をし、時折陽菜を抱きしめる。だが彼女は初めて、この男が気持ち悪いだけだった。
眠れない陽菜は作業場へ向かった。立花家の地下室は彼女の仕事場だ。
未修復の文化財を取引先に返却する準備をし、使い慣れた道具をまとめ、隅に座り込んで夜明けを待った。
泰成と同じ空間にいるのも嫌だった。彼のことを考えるのも吐き気がした。
翌朝、泰成は目を覚ますと眉をひそめた。
「陽菜!起こさないのか?遅刻するだろ」
カンカンに怒ってキッチンに駆け付けたが、そこにはいつもの朝食も陽菜の姿もない。結婚して三年、初めて朝食なしの日を迎えた。慌てて服を着て外に出ると、地下室の陽菜を見つけた。隅に座っているのに、なぜか彼女がとても遠くに感じた。
「ふざけるな!お前は僕の妻だろ?服の用意もないし、仕事に遅れるとこだったぞ」
背を向けた陽菜は冷笑した。妻だって?彼女はただの玩具で、辱める相手でしかない。
「ごめん、夫がいたこと忘れてた」
その返答に泰成は呆然とした。昔の、人を寄せつけない陽菜に戻ったようだった。
泰成は時間を見て、番組収録が迫っている。考える余裕もなく、ドアを乱暴に閉めて怒りをぶつけた。
陽菜はそのまま動かず、泰成が去るのを待ってゆっくり立ち上がった。確認すべきことがあった。
役所が開くと同時に陽菜は中へ入った。結婚証明書が偽物だと告げられた。予想はしていたが、やはり目が熱くなった。
でも、これでよかった。面倒な手続きが減っただけだ。
別荘に戻ると、捨てるものが多すぎて一日かけて小型トラックいっぱい分を片付けた。
泰成は一日中落ち着かず、何度も陽菜に電話したが通じない。
仕事が終わると、珍しくバーに行かずまっすぐ家に戻った。
「電話に出ないで何してる?今度は何に怒ってるんだ?」
ドアを開けるなり泰成は怒鳴りつけた。
「朝食も作らず、昼も持ってこない。僕がお前なしではやっていけないとでも?僕のために料理したい女は掃いて捨てるほどいるんだぞ」
陽菜は彼の手を振り払った。かつての卑屈な自分が憎くなった。
「今日は調子が悪いの。料理したくないわ。他にたくさんいるんでしょ?もう私の出番はないわね」
泰成は呆然とした。今回の陽菜は、いつもと何かが違っていた。
彼は口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「やきもちか?わかった。健翔たちが友達を連れてくるから、お前の得意料理で一席用意しろ。それで許してやる」
陽菜は無理やり口元を動かしたが、笑いはなかった。
「立花、調子が悪いって言ってるでしょ。食べたかったら自分で作れば?」
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