幼馴染はあの女のために、母を殺した第1話
この話は約2367字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
母の心臓手術を行えるのは、世界でわずか三人だけだった。
「神の手を持つ心臓外科医」と呼ばれる夫、柘植覚(つげ さとる)は、手術を放り出し、風邪を引いた初恋の相手・杉之原美帆(すぎのはら みほ)の看病のために海外へ向かった。
絶望の淵に立たされたとき、幼馴染の稲玉琉太(いなだま りゅうた)が、最高の医師を連れて母の手術のために駆けつけてくれた。
けれど、遅すぎたのか、母は結局、手術台の上で息を引き取った。
三年の月日が流れ、覚と離婚し、琉太からプロポーズされた。受け入れようとしたそのとき、琉太と覚の会話が耳に飛び込んできた。
「天音は気が強い。もしあのとき、母親が本当は病気じゃなかったことや、俺たちが美帆のために母親を死に追いやったと知ったら……」
全身の血が、一瞬で凍りついた。
琉太が覚の言葉を遮った。
「もういい。
美帆は母親のことで体調を崩し続けてた。天音の母親だけが唯一、適合するドナーだったんだ。俺が美帆の死を黙って見過ごせというのか?
今こうして責任を持って天音と結婚してやるんだ。彼女はこれで満足すべきだろう」
そのとき、私・竹本天音(たけもと あまね)は初めて知った。
母は、どこも悪くなんてなかったのだ。
彼らが共謀して、母を殺したのだ。
* * *
母の心臓手術を行えるのは、世界でわずか三人だけだった。
「神の手を持つ心臓外科医」と呼ばれる夫、柘植覚(つげ さとる)は、手術を放り出し、風邪を引いた初恋の相手・杉之原美帆(すぎのはら みほ)の看病のために海外へ向かった。
絶望の淵に立たされたとき、幼馴染の稲玉琉太(いなだま りゅうた)が、最高の医師を連れて母の手術のために駆けつけてくれた。
けれど、遅すぎたのか、母は結局、手術台の上で息を引き取った。
三年の月日が流れ、覚と離婚し、琉太からプロポーズされた。受け入れようとしたそのとき、琉太と覚の会話が耳に飛び込んできた。
「天音は気が強い。もしあのとき、母親が本当は病気じゃなかったことや、俺たちが美帆のために母親を死に追いやったと知ったら……」
全身の血が、一瞬で凍りついた。
琉太が覚の言葉を遮った。
「もういい。
美帆は母親のことで体調を崩し続けてた。天音の母親だけが唯一、適合するドナーだったんだ。俺が美帆の死を黙って見過ごせというのか?
今こうして責任を持って天音と結婚してやるんだ。彼女はこれで満足すべきだろう」
そのとき、私・竹本天音(たけもと あまね)は初めて知った。
母は、どこも悪くなんてなかったのだ。
彼らが共謀して、母を殺したのだ。
私はドアノブを、壊れそうなほど強く握りしめた。
爪が手のひらに食い込んでいるのに、痛みさえ感じない。
涙が音もなく溢れ出し、床に落ちていった。
琉太が私にプロポーズしたのは、最初から最後まで美帆のためだった。
三年間そばにいてくれたことも、すべて嘘だった。
ドアの向こうでは、まだ会話が続いている。覚が言った。
「あのとき、美帆のために、俺はこの手で天音の母親を殺した。自分を恨めしそうに見つめてたあの目が、今も忘れられない。
こうしてお前が天音と結婚式を挙げることが、俺にとって彼女へのせめてもの償いだろう」
琉太の口元に、冷ややかな嘲笑が浮かんだ。
「美帆が愛してるのがお前でなければ、誰が天音みたいな女と結婚するか。
いいか、美帆を大切にしろ。さもなければ、タダでは済まさないぞ」
「お前も天音を大切にしてやれ」
覚が言葉を返した。
「余計なお世話だ。天音を愛してなどいない。俺が愛してるのは、いつだって美帆だけだ。天音と結婚するのも、美帆のために徳を積むようなものさ」
琉太が冷たく言い放った。
体中の血が凍りつくようだ。
部屋に飛び込んで、その偽りの仮面を剥ぎ取り、どうしてこんな残酷な真似ができたのかと問い詰めたかった。
けれど、体は鉛のように重く、その場に釘付けになって動けない。
結局、私は逃げ出した。
なんて情けない、問いただす勇気さえ持てない臆病者なのだろう。
一人で道を歩いた。
周囲は楽しそうな連れ合いばかりだ。
それなのに、私には行くべき場所がどこにも見当たらない。
空が暗く曇ってきた。
大粒の雨が体に叩きつけられた。
前触れもなく降り出した雨は、肌を刺すように痛い。
私は街の片隅でうずくまり、雨水と涙がすべてを塗りつぶすままにさせている。
世界はこんなに騒がしいのに、私の居場所はどこにもない。
不意に温かな体温が私を包み込み、懐かしいシダーウッドの香りが漂ってきた。
頭の上で、琉太の声が響いた。
「電話に出ないから、ずっと探してたんだ。こんなところにいたのか」
私は虚ろな瞳を向けたまま、何も答えなかった。
彼は話を続けた。
「お母さんのことを思い出してたんだろう?
もう考えるな。いいかい、これからは俺がいる。俺がお前の家族になるから」
彼の胸に顔をうずめ、その穏やかな鼓動を聞きながら、鈍い刃物で何度も心臓を切り刻まれているような心地がした。
こんなに優しく振る舞いながら、どうして母を殺した犯人になれるのだろう。
あのとき、覚は母を見捨てて美帆の看病に行った。
琉太は医師を連れて、私の人生に差し込む一筋の光のように現れた。
今思えば、あの医師はきっと、母の心臓を奪うために連れてこられたのだ。
母の葬儀があんなに急がされたわけだ。
私は気を失っていた。
目を覚ましたときには、母はすでに火葬場へと送られていた。
すべては、私に真実を悟られないようにするためだったのだ。
琉太は私を抱きかかえて家に戻ると、乾いたタオルを手に取り、いつものように髪を拭こうとした。
その指が触れる直前、私は強く顔を背けて避けた。
「自分でやるわ」
そう言い残して、そのまま二階へと上がった。
真実を知った今、もう彼と仲睦まじい恋人を演じ続けることなんて、到底できない。
一秒でも長くそこにいたら、彼を絞め殺してしまいそうで怖かった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)