幼なじみでいるのをやめたら、彼は死ぬほど後悔した第3話
この話は約2117字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
強い雨が階段に打ちつけていた。
図書館の入口で雨宿りをしていたけれど、吹き込んでくる雨で靴のつま先はもうすっかり濡れている。
電話越しに聞いた。
「傘、茉白に貸したの?」
数秒、返事がなかった。
『熱あるんだよ。あのまま濡らすわけにいかないだろ』
「じゃあ、私は?」
『待っててって言ったじゃん』
「10分って言ったよね」
『道が混んでるんだよ』
スマホの画面を見る。
理玖から『今行く』と連絡が来てから、もう42分経っていた。
「理玖、図書館もう閉まるよ」
電話の向こうで、疲れきった声が返ってくる。
『一花、そういう言い方やめて。今日ずっとあちこち動き回ってて、俺も疲れてるんだよ。とりあえず雨に当たらないところで待ってて。もうすぐ着くから』
小さく息を吐いた。
「もう来なくていい」
『今度は何?』
「自分で帰る」
『この雨の中、どうやって?』
「走る」
すぐに声色が変わった。
『一花、やめろ。絶対走るなよ』
そのまま電話を切った。
図書館から寮までは、それほど遠くない。
走れば10分もかからない。
前は、こんなふうに雨の中を走って帰る必要なんてなかった。
理玖はいつもバッグに折りたたみ傘を入れていた。
雨に濡れると頭が痛くなるだろ、と言って。
なのに今日は、茉白には熱があるから濡らせないらしい。
シャワーを浴びて部屋へ戻ると、スマホには10件以上の着信が残っていた。
その直後、理玖からボイスメッセージが届く。
『開けて』
ドアを開けると、理玖が立っていた。
片手には風邪薬と、持ち帰りの卵雑炊。
髪は雨に濡れていた。
理玖は上着を脱ぐと、そのまま私の肩に掛ける。
「待ってろって言っただろ」
タオルで髪を拭きながら答えた。
「来なかったじゃん」
「来ただろ」
「遅かったよ」
理玖は何か言いかけたけれど、結局何も返さなかった。
テーブルに雑炊を置く。
「とりあえず食えよ」
「いらない」
「夜、パン1個しか食べてないだろ」
思わず顔を上げた。
「それは覚えてるんだ」
「当たり前だろ」
「じゃあ、私が三つ葉嫌いなのは?」
理玖が容器のふたを開ける。
湯気の向こうに、細かく刻まれた三つ葉が浮いていた。
それを見て、眉間に皺が寄る。
「店で入れたんだろ。そこまで見てなかった」
「別にいいよ」
スプーンを取り、三つ葉だけを少しずつふたの上へよけていく。
しばらくして、理玖が声を落とした。
「そんなふうにされたら、俺がずっと一花を雑に扱ってるみたいじゃん」
手が止まった。
「してないと思ってるの?」
理玖はテーブルに手をついた。
「最近、一花のこと後回しにしてたのは分かってる。茉白も実行委員になったばかりで、分かんないことが多いから、少し手伝ってるだけだよ。でも一花は違うだろ」
「何が違うの?」
理玖が私を見る。
「俺たち、子どもの頃からずっと一緒じゃん。俺がどういうやつか、一花なら分かってるだろ。ほかのやつにはちゃんと説明しなきゃ伝わらなくても、一花にはそんなのいらないと思ってた」
思わず笑った。
「そっか」
「何?」
「だから私は、傘もいらないし、温かいごはんもいらないし、ちゃんと言葉にしてもらう必要もないんだ」
理玖の表情が変わる。
「一花」
私はスプーンを置いた。
「もう帰って」
「薬を飲むのを見届けたら帰る」
そう言って薬を開けると、袋の中からみかん味の飴を1つ取り出した。
子どもの頃、薬が苦手だった私のために、理玖はいつも錠剤を小さく割ってくれた。飲み終わると、必ず飴をくれた。
差し出されたそれを見ても、手は伸びなかった。
「もう、その味好きじゃない」
理玖の手が止まる。
「一番好きだったじゃん」
「昔はね」
しばらく私を見ていた理玖が、眉を寄せた。
「なんでいちいち、そんな言い方するんだよ」
「別に。ほんとのこと言ってるだけ」
「じゃあ俺も言うけど」
理玖は飴をテーブルに置いた。
「今の一花、好きじゃない」
部屋の中が静かになった。
少しして、理玖がさっきより低い声で続ける。
「妬くのも、怒るのも別にいいよ。そういうのなら、いくらでも付き合うし、機嫌だって取る。でも、わざと俺から離れようとすんなよ」
「わざとじゃなかったら?」
理玖が言葉を止めた。
私はまっすぐ目を見る。
「本当に、離れたいって思ってるんだとしたら?」
数秒たって、理玖が小さく笑った。
「一花が?俺から離れられるわけないだろ」
何度も聞いた言葉だった。
前なら、それを聞くだけで安心できた。
今は、逃げたくなる。
私は薬を手に取った。
「飲むから、もう帰って」
理玖は動かない。
「明日の朝、迎えに来る」
「いい」
「来るから」
「理玖、もう来なくていいよ」
しばらく私を見つめたあと、理玖はいつものように頭を撫でた。
「寝たら少し落ち着くって」
そのまま振り返ったところで、スマホの画面が明るくなる。
茉白からだった。
『理玖、またちょっと熱上がってきたかも。帰りに体温計買ってきてもらえる?』
理玖は画面を見て、すぐに返した。
『待ってて』
……
国際交流センターで、留学担当の職員がパソコンから顔を上げた。
「一花さん、繰り上げになった留学プログラムの参加手続き、もう出したんですね?」
私はうなずいた。
「はい」
「ずいぶん急ですね。大丈夫ですか?」
もう一度うなずく。
「急に繰り上げの連絡が来て、今日中に最終書類を出す必要があったので」
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