年下彼氏に、5年も恋愛練習相手にされていた第1話
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江崎梓(えざき あずさ)は親友の弟・佐伯智哉(さえき ともや)と5年もの間、人目を忍んで付き合っていた。それなのに彼は、「梓さんはただの恋愛の練習相手だった」と平然と言ってのけたのだ。
* * *
関係を隠しながら、佐伯智哉(さえき ともや)と付き合って5年。智哉は若さと体力を持て余しているせいか、いつでもどこでも梓を激しく求めた。
トイレに行っただけの江崎梓(えざき あずさ)なのに、ふたたびその柔らかな腰を智哉に掴まれ、洗面台に押し付けられる。
梓は潤んだ瞳を細め、甘く息を漏らした。「智哉、もう少し、やさしくして……」
口角を上げた智哉は、梓に顔を寄せ、耳たぶに軽く噛みついた。その声は、梓の理性をかき乱す。
「梓さん、もう我慢できなくなっちゃったの?今、始まったばかりだよ、ん?」
押し寄せる快感に言葉も出ず、梓はただその感触に身を任せた。
この5年、数えきれない場所で愛を交わしてきたはずなのに、それでも収まることを知らない彼の欲求には、今も圧倒されるばかりだった。
「年下の男は体力が違う」そんな話を、梓は身をもって思い知らされていた。しかも智哉は妙に器用で、次から次へと梓を翻弄してくる。
智哉は細めた瞳で梓の腰をなぞり、離そうとしない。
「梓さんの腰って、なんでこんな柔らかいの?いつも、触るだけで、自分が抑えられなくなっちゃうんだ。他の男に触れさせるなんて許さないからね。梓さんは一生、俺だけのものだよ?」
独占欲を隠そうともしない智哉に、梓は微笑みかけ、キスを落とす。「分かってる。私はずっと智哉のものだから」
ひとしきり愛し合った後、智哉はついに満足したらしい。
乱れたベルトを整えるその横顔には、またいつもの自由奔放な余裕が戻っていた。
帰ろうとする智哉に、梓は声をかける。
「私、来月で30歳になるんだけど、ずっと実家から結婚はまだかってせかされてて……智哉が私たちのこと公にしたくないって知ってるから、付き合ってることは言ってない。だから、縁談とかもいっぱい持ってこられてるの。ねえ、智哉。あなたはどう考えてる?」
足を止めた智哉は、梓に軽くキスを落としてやさしく微笑んだ。「あと少し待っててくれる?今、プロポーズの準備をしてるからさ」
不安だった梓の心も、その言葉で安心を取り戻す。
智哉が廊下の奥へと消えていくのを見届けた梓は、服を整えると、再び食事会に戻るため、個室へと歩き出した。
個室の前まで戻ってくると、中の盛り上がっている笑い声が聞こえてきた。
「智哉、ずいぶん派手にやったな。声、全部こっちまで聞こえてたぞ?でも、年上の女ってやつはやっぱ違うんだな。あの声……聞いてるこっちが、我慢できなくなりそうだった」
「あの体つきで、堪えろって方が無理あるだろ?狙ってる男なんていくらでもいたのに、梓さん、今まで男に見向きもしなかったらしいけど、お前よく落としたよな。とはいえ、もう何年も付き合ってるんだろ?そろそろ経験的にも十分じゃないのか?」
……経験?
経験って何?
梓は全身の血が凍るような感覚がした。部屋の中の会話の意味が全く分からない。
中の一人が、梓と同じように不思議に思ったらしく、質問する。「経験ってどういうこと?」
「経験って何かって?そんなの、決まってるだろ。智哉がずっと好きなのは、高校時代に出会ったあの後輩なんだよ。だから恋愛経験がない自分のままじゃ彼女に向き合えないって言ってさ。
口説き方も、付き合い方も、全部先に経験しておきたかったらしい。まあ、要するにだな、この何年かは梓さんを相手に、恋愛の予行練習をしてたってことだよ。
で、ついにその本命が帰国するらしい。なあ、智哉、梓さんとは別れるんだよな?さっきも、一発終えてきたみたいだけど、まさか本気で惚れてなんかないだろ?」
皆の視線が向けられた智哉は、けだるげにワイングラスを置いた。
「本気で惚れた?ただの練習相手にそんなことあると思うか?」
そのあまりに自然で冷酷な言葉は、ナイフのように梓の心臓を突き刺した。
一瞬にして、体内の血液が逆流する。
胸が張り裂けそうな激痛に襲われ、立っていることさえ難しかった。
智哉たちが部屋から出るため席をたったので、見つかるのが怖かった梓は、身を翻し夢中で走り去った。
もうすぐ30にもなるのに泣きじゃくるなんて。本当に情けない話だ。
激しい雨の中、目的地もなく彷徨い続ける梓の頭の中には、これまでの記憶が駆け巡っていた。
初めて智哉と出会ったのは、大学1年生のとき。
地方から盛沢市の大学へ出てきた梓は、大学で佐伯佳乃(さえき よしの)と親しくなった。
佳乃の実家によく顔を出すうち、その弟である智哉とも自然と面識ができたのだ。
第一印象は、とにかく驚くほど整った顔立ち。
だが、端正な顔立ち以外特に何も思うことはなく、4歳も年上だった梓は、ずっと智哉を可愛い弟みたいな存在として扱ってきた。
卒業後、自立したかった梓は、そのまま盛沢市で働き始めた。
容姿に恵まれていたせいで、梓は昔からさまざまな男に言い寄られてきた。ある日、仕事関係の集まりで、酒の中にこっそりと薬を仕込まれてしまい、慌ててホテルへ逃げ込んだことがある。佳乃に迎えを頼もうと電話をかけたつもりだったが、焦っていたせいで智哉に電話をかけてしまったのだ。
現れた智哉は、医者を呼んで欲しいと言った梓を、あの瞳でじっと見つめると、急にシャツを脱ぎ捨てたのだった。
そしてその夜、まだ20歳になったばかりの智哉が、梓の痛み止めとなった。
翌朝、梓の顔が赤かったのは、羞恥よりも罪悪感のせいだった。
梓が逃げるように身支度を済ませると、智哉は後ろから彼女を抱きしめ、さらに軽くキスを落として笑った。「梓さん、このまま無責任に逃げるつもり?」
それ以来、逃げる梓を智哉は徹底的に追いかけた。
結局、梓は智哉に捕まり、関係を秘密にしたまま付き合うことにしたのだ。
この5年、心と体は常に重なり合い、幸せな時間が流れていたはずだった。
それに、梓は信じていた。いつかは智哉がプロポーズしてくれる、と。
しかし智哉からそんな話は一向になかった。
だから今日、実家からも結婚をせかされていた梓は、つい確かめるように聞いてしまったのだ。
でもまさか、最初から愛など存在していなかったなんて。
自分は、智哉が本命を射止めるための、ただの練習相手に過ぎなかったのだ。
おぼつかない足取りでなんとか帰宅し、部屋の片隅で凍りつくような寒さに震えた。
どのくらいの時間が経っただろうか。突然の携帯の着信音が、重たい静寂を切り裂いた。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、両親の諭すような声。
「梓、もう半月も経ったんだから、あの縁談の件、そろそろ返事をちょうだい」
テーブルに飾られた、5周年記念の二人の写真をちらりと見た梓は、深く息を吐き出した。
「その縁談、受けるよ」
ここから、自分は新しい人生を歩む。智哉も本命の彼女を追いかけたらいい。
自分たちの関係は、もう今日で終わりだ。
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