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希望を胸に、過去にはもう戻らない第1話

この話は約2788字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

久我祐真(くが ゆうま)を本物のお嬢様に奪われたあの日、私は自分が妊娠していることに気づいた。

八か月のあいだ、彼は宝生瑠奈(ほうしょう るな)のために盛大な結婚式を準備し、私は難産の末に大量出血しながら和希(かずき)を産んだ。

その後、ニュース速報が流れた――

【久我家の御曹司・祐真が深夜に危険運転。宝生瑠奈は重傷、そして彼自身は生涯にわたって生殖機能を失った!】

私は彼に和希を奪われるのが怖くて、びくびくしながら五年間身を隠していた。

そして祐真の母の還暦の祝いの日、私は臨時でウェイターとして駆り出されることになってしまった。休憩室にいた和希がうっかり外へ飛び出してしまい、そのまま正面から祐真の母にぶつかった。

会場は一瞬にして、しんと静まり返った。

その顔は、まるで幼いころの祐真をそのまま写し取ったようだった!

祐真は人混みをかき分けて駆け寄り、かすれた声で叫ぶ。

「坊や、君は誰の子なんだ?」

和希は驚いてしまい、今にも泣き出しそうな声で訴えた。

「ママ……ママが見つからないの」

「ママの名前は神崎凛花(かんざき りんか)だよ」

* * *

久我祐真(くが ゆうま)を本物のお嬢様に奪われたあの日、私は自分が妊娠していることに気づいた。

八か月のあいだ、彼は宝生瑠奈(ほうしょう るな)のために盛大な結婚式を準備し、私は難産の末に大量出血しながら和希(かずき)を産んだ。

その後、ニュース速報が流れた――

【久我家の御曹司・祐真が深夜に危険運転。宝生瑠奈は重傷、そして彼自身は生涯にわたって生殖機能を失った!】

私は彼に和希を奪われるのが怖くて、びくびくしながら五年間身を隠していた。

そして祐真の母の還暦の祝いの日、私は臨時でウェイターとして駆り出されることになってしまった……

……

コンコンコン。

チームリーダーの鈴木が私の机を軽く叩いた。

「神崎、ホテルのほうが人手不足なの。今夜だけウェイターの応援に行ってきて。給料は三倍よ」

私は少しためらった。

祐真の母の六十歳の誕生日。こういう場なら、昔の知り合いに鉢合わせするかもしれない。それに夜、和希を家にひとり置いていくのも、どうしても心配だった。

「鈴木さん、夜は子どもについていないと……」

鈴木の口調はいら立っていた。

「ご両親のところに預けるなり、近所に頼むなり、どうしようもなければ休憩室にでも置いておけばいいでしょ。その程度のことも段取りできないの?」

隣の席のほうから、鼻で笑う声がした。

佐藤結衣(さとう ゆい)だ。普段からいちばん人の噂話が好きな女だ。

「あら、三倍の給料ですよ?私なら喜んで行くのに!

鈴木さん、これって神崎に気を遣ってあげてるんですよね?だって彼女、シングルマザーですもん。どこの誰の子かも分からない子ども抱えて、お金のかかることも多いでしょうし」

結衣の言い方はひどかったけれど、事実ではあった。

寒くなってきたし、和希はどんどん大きくなる。あの子に少しでもいい服を買ってあげたかった。

どうせホテルの外回りの手伝いだ。会場の中には入らない。

私はうなずいて引き受けた。

「ありがとうございます、行きます」

「よし、今すぐ着替えてきて。夕方六時、ホテルの裏口集合。遅れないでよ!」

立ち上がって更衣室へ向かう途中、結衣のデスクの前を通りかかった。

彼女はわざと聞こえるような声で言った。

「何気取ってんのよ。デキ婚どころか未婚で妊娠しておいて、何を清純ぶってるんだか。子どもの父親が誰かも分からないくせに、昔、男に孕まされた挙げ句、捨てられたんじゃないの?どこの馬の骨とも知れない子でしょ」

くすっ、と。

斜め向かいの同僚が口元を押さえて笑い、そばの若いインターンも俯いて忍び笑いをしていた。

それを聞いて、目の奥が熱くなった私はたまらず言い返した。

「佐藤、あなたも母親でしょう。口が悪すぎる」

結衣は勢いよく立ち上がり、腕を組んで言い返してきた。

「私の口が悪いって?」

「じゃあ、あんたは何も後ろ暗いことがないっていうの?男に媚びて、父親が誰かも怪しい子どもまで腹に抱えてるくせに、どの口で清い女みたいな顔してるのよ。

私があんたなら、こんなところで取り繕ってないで、さっさと帰って少しは見られる格好にでもするわね。まあ、安っぽい女には変わりないけど。運がよければ、どこかの見る目のない男が引っかかって、その子ごと面倒見てくれるかもしれないじゃない?」

腹が立って、目の縁が熱くなった。

さらに何か言い返そうとしたそのとき、鈴木がやってきて間に入った。

「もういいわよ佐藤、そのへんにしなさい。

神崎、あなたも早く子どもを迎えに行って。仕事に遅れないようにして」

私は顔を上げて、その熱を必死に押し戻した。

出ていくときも、結衣は隣の人たちと笑いながら話していて、言葉の端々に私を見下す視線を投げてきた。

私は背を向け、乱暴に目元をぬぐった。

神崎凛花(かんざき りんか)、泣いちゃだめ。

和希のためなら、どんなことだって耐えられる。

和希を迎えに行ったあと、やはりあの子をひとり家に置いておくのが心配で、私は思い切ってホテルの従業員休憩室に連れていくことにした。

絵本を用意して、お菓子と水も置いておく。

「和希、いい子にしててね。ママは外でお仕事してるから。ここで遊んでて、外に出ちゃだめよ。いい?」

和希はもともと聞き分けのいい子だ。

うなずいて私に聞いた。

「じゃあ、ママはいつ戻ってくるの?」

「すぐよ」

私は彼のおでこにキスをして、なだめるように言った。

「この絵本を読み終わるころには、ママが戻ってくるからね。いい?絶対に勝手に走り回っちゃだめよ?」

和希は力いっぱい頷いて、小指を差し出した。

「うん、ゆびきり!」

私は彼と指切りをして、約束のしるしを交わしてから、ようやく安心して宴会場へ向かった。

結衣とほかのウェイターたちも来ていて、会場内の入口の前に集まり、スマホを見ながら化粧直しをして、きゃっきゃとはしゃいでいた。

「はあ、久我家の御曹司って本当に惜しいよね。顔はいいし、お金もあるのに、あんな事に遭うなんて……」

「聞いた話じゃ、この宝生家のお嬢様って後から迎えられた娘なんでしょ。ちょっとヤンキー気質の女らしいよ。スピード出して刺激を求めるのが好きでさ。自分で勝手に身を滅ぼすだけならまだしも、男まで巻き込んで、このありさま。結局、自分の男を完全に不能にしちゃったんだから!」

「私に言わせれば、久我家も災難だよ。疫病神みたいな嫁を迎えたせいで、跡継ぎの話もあの女の代で終わりだもん」

……

そのとき、怒りを押し殺したような、甲高い女の声が背後から響いた。

「誰のことを疫病神って言ってるの!」

瑠奈が結衣たちをきっと睨みつけた。

彼女たちは顔色を変え、みんなうつむいて何も言えなくなった。

瑠奈の視線がさっと動き、少し離れたところにいた私をとらえた。

驚いたように声を上げる。

「神崎凛花?」

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