届かない婚姻届第3話
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退勤後、私は時計専門店に寄ってみたが、あちこち聞いて回っても「直しようがない」の一言が返ってくるだけだった。
宿泊先である先輩の家に戻り、婚姻届の裏にひまわりの花を描いた。この花は、子供の頃、圭介に教わったものだ。
でも、10輪目を描き終わったら、彼とは一切、縁が切れる。
次の日、私は部長のオフィスを訪ねた。
部長の川島大介(かわじま だいすけ)は父の戦友であり親友だった。父が戦死して以来、彼はいつも私を気にかけてくれ、半分身内のような存在だ。
仕事でもプライベートでもお世話になったんだから、離れるとなれば、彼に伝える必要があった。
私の計画を聞いた大介は、眉をひそめた。
「本当に考えはまとまったのか?圭介君とは長い付き合いだろうに、そう簡単に別れると言うのか?」
私はうなずいた。「圭介とは合いません」
「どこが合わないんだ?ここで、君たちほどお似合いのカップルがいるか?」
主任の小林誠一(こばやし せいいち)が湯飲みを手にやってきて、からかうように言った。
私は苦笑した。圭介と一緒に育ち、兄の関係で、彼は早い時期から私の送り迎えをしてくれていた。
兄が戦死してからは、進んで私の面倒を見てくれるようになった。
彼は出身もよく、個人の能力も強い。出世は時間の問題だ。
私だって、彼ほどではないにしろ、放送局ではそこそこの実績を上げてきた。
周りの人は誰もが早くから私たちをカップルだと思っていた。なのに、彼の心の中には、昔、彼の家でメイドをしていた女の娘――小春が住み着いているなんて、誰が想像できただろう。
「黙ってないでよ。何か誤解でもあるんじゃないか?衝動的に決めちゃだめだよ。圭介君は君のことを――」
「ちょっとちょっと、お前さん、余計なこと言うなよ」誠一がまだ何か言おうとしたのを、大介が遮った。
大介はしばらく考え込んでから、ようやくため息をつき、立ち上がって私の肩をポンと叩いた。「大人になったな。外の世界を見てくるのもいいだろう」
オフィスを出て、ずっと遠くまで離れても、誠一の嘆息が聞こえてきた。「そんなに簡単に別れちゃうのか?」
大介は明らかに呆れた口調で、「その大きな口をなんとかしろよ。拡声器でも持ってきて、官舎に叫んで回るか?」
その日、退勤時間まで圭介は私を訪ねて来なかった。でも、彼が約束した腕時計は、最初から気にしていなかった。
夜、婚姻届の裏に二輪目のひまわりを描いた。
あと八日。
三日目の朝、国内事務所の連絡係が航空券を持ってきてくれた。出発時間はちょうどいい頃合いだった。
私は正式に上司に退職を申し出た。大介がすでに話を通しておいてくれたらしく、全てがスムーズに運んだ。
荷物をまとめ、段ボール箱を抱えて去ろうとした時、二人の同僚が噂話をしているのに出くわした。
「聞いた?向井さんが、幼なじみを私たちの放送局に入れたいんだって」
「採用するって聞いてないよ!アルバイト?」
「ありえないでしょ、あの人は向井さんが一番可愛がっている人だよ。そんな屈辱を受けるわけないじゃないか!」
「そりゃそうだ。必要なら、生田さんが仕事を譲ればいいんだよ」
「もう、やめてよ」その内の一人が私に気づき、慌てて挨拶した。「生田さん、奇遇だね!」
二人はバレたことに気まずそうにしていた。
私は何事もなかったように軽く会釈すると、大きく足を踏み出して去った。
彼女たちがそう思っても仕方ない。小春が戻ってきたばかりの頃、圭介は私に仕事を小春に譲るよう言ってきた。その時はきつく拒否し、そのことで初めて喧嘩になった。
どれだけ圭介がえこひいきしなければ、他人がそんな無遠慮なことが言えるだろうか?
幸い、私の心はすでに平静を取り戻していた。できれば、残りの時間がもっと早く過ぎてほしいと願うだけだ。
手続きは全て完了した。そろそろ荷物をまとめに戻らないと。
荷物を抱えて戻ると、ちょうど小春がその話をしているのが聞こえた。「私が放送局で働くこと、和希さんは怒らないかなあ?」
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