届いた先は、私じゃない第2話
この話は約1555字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
私は追い打ちをかけず、気づいていないふりをした。
直人もすぐ我に返り、気持ちを整えてぎこちない笑みを作った。
「欲しいなら、俺が買うよ。俺からのプレゼントでいい?」
大きな手が頬に触れ、涙をそっと拭った。
わがままな子をあやすみたいに甘やかして叱る。「もう大人なんだから、こんなことで泣くなよ!」
胸の奥には、甘さは影もなく、苦さだけが沈んでいた。
もし彼が、紗耶のマットレスも自分が贈ったと認めるなら、私は責めなかった。
でも直人はそこには触れず、私が知らないと思って蓋をした。
それってつまり、二人に何かあるって証明じゃない?
丸一日何も食べていないせいか、赤ちゃんがお腹の中で抗議を始めた。
直人は蹴りで私が痛がらないか心配して、私の腹に顔を寄せて言い聞かせた。
「ちょっと待っててな。パパがすぐごはん作るから、ママを困らせるなよ」
そう言うとすぐ立ち上がって、キッチンへ向かった。
忙しなく動く背中を見つめるほど、胸がきゅっと締めつけられた。
直人は、私にいつも優しい。
付き合っていた頃も結婚してからも、変わらず根気よく私を大事にしてくれた。
妊娠してからは仕事も家のことも抱え込み、私は安心して体を休めていられた。
それなのに――いったい、どこで歯車が狂ってしまったのだろう。
私だけを見ていたはずの人が、どうしてその愛を分け与えられる?
テーブルのスマホが震えて、思考が途切れた。
相手は紗耶――LINEのビデオ通話だった。
「汐里、体どう?つらくない?」
画面越しでも、目に浮かぶ心配がはっきりわかった。
私は小さくうなずいて、「まあ、なんとか」とだけ返した。
紗耶は取り留めのない話をしばらく続けたけど、私はもう耐えられなかった。
「この時間にかけてきたの、何か用?」
私の機嫌を察したのか、紗耶も遠回しをやめて本題に入った。
「会社のことで直人に相談したかったんだけど、返事がなくてさ」
私はカメラを切り替えて、キッチンで動き回る直人を映した。
「帰ってきてすぐごはん作ってるよ。まだスマホ、見てないと思う」
向こうで一瞬、間が空いた。それから、わざと軽くした声が返ってくる。
「あー……私、完全に場違いじゃん。なんかさ、存在感だけ浮いてる気がする」
ちょうど直人が皿を持って出てきて、私がスマホを手にしているのを見て、首をかしげた。
「汐里、何してる?」
「直人が紗耶の連絡、返してないでしょ。それで、私にかかってきたの」
ほんの一瞬だけど、紗耶の名を聞いた途端に直人の動きが止まったのを、私は見逃さなかった。
直人は皿を置いてこちらへ来ると、当たり前みたいにスマホを受け取り、紗耶と話し始めた。
二人が話しているのは、たしかに仕事のことだった。
私がまだソファに座っているのに気づいて、直人は会話の合間にこちらを気遣うような視線を向けた。
「汐里、先に食べて。すぐ行くから」
本当に私を気づかっているのか、それとも二人でこそこそ話したいだけなのか。
とにかく直人は私のスマホを持ったまま書斎に入り、ドアを閉めた。
好きなものばかりの食卓なのに、口に運ぶたびに苦さが広がった。
考えるなと言われても、勝手に想像が暴れる。
私に隠れて、何を話してる?
気持ちを確かめ合ってる?それとも、妊婦の私が面倒で、機嫌が悪いって愚痴でも?
ぐちゃぐちゃの思考が絡まり合って、頭が割れそうだった。
夜、眠りに落ちる前に、直人が背中から抱きしめてきた。
「汐里、あのマットレスもう注文した。これでちゃんと眠れるようになる」
その瞬間、胸の底から抑えきれない衝動がせり上がった。
直人と、気持ちがすれ違ったまま、笑っていられる自信はない。
できるだけ平静を装い、喉に刺さったままの言葉を、絞り出すように口にした。
「……紗耶にも、マットレス買ったんでしょ」
私の腹をそっと撫でていた大きな手が、ぴたりと止まった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)