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少女のまま、風に攫われて第2話

この話は約2025字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

母は部屋を出ようとして、うっかりベッドの脚をけっちゃった。

そのせいでやっと、彼女はベッドの私に目をやった。そして、いらいらしながら眉をひそめて言う。「まだ寝てるの?もうおひるよ。さっさと起きて朝ごはんを作って。私と腹の子を飢えさせるつもり?」

私は母の前に浮かんで、話しかけてみる。でも、彼女には聞こえない。部屋を出ていき、子守唄を口ずさんでいた。

リビングから、父が卵をかき混ぜる音と、母の念押しの声が聞こえてきた。「砂糖をたっぷり入れてあげて。竜之介は昔から甘いのが好きだったでしょ」

私はキッチンの入り口まで浮かんでいった。父がホットケーキをお皿に盛りつけているのが見えた。ハートの形をしてる。

昔は私も、こういうホットケーキが大好きだった。でも竜之介がいなくなってから、父は丸い形しか作らなくなったんだ。ハート形が好きな人はもういないからって言ってた。

母はお皿を受け取ると、なにか宝物でもお供えするみたいに、そっとテーブルの真ん中に置いた。

「絢香を起こしてご飯を食べさせて」母は父に言った。その声には、いらいらがにじみ出ていた。「彼女のせいで、ゆりかごを買いに行くのに遅れたくないの」

父は手に持っていた牛乳を置いて、私の部屋に向かった。

私は父の後ろについていった。彼はベッドのそばに立って、手を伸ばしかけては、ためらって。そして最後は、そっと布団の上に手を置いた。

「絢香、起きる時間だぞ」父の声は優しかった。「今日はみんなでゆりかごを買いに行くんだ。一緒に行かないか?」

ベッドの私は、ぴくりともしない。父の指がかすかに震えて、もう一度私の肩をゆすった。「絢香?」

リビングから母の声がした。「何をもたもたしてるの?絢香、また寝たふりしてるんじゃない?」

彼女は大股で部屋に入ってきて、ベッドのそばで固まっている父を見て、すぐにカッとなった。「やっぱり寝たふりよ!私たちが龍之介にゆりかごを買ってあげるのが、いやなんでしょ!絢香は放っておくよ。ゆりかごを買いに行くのよ。龍之介が待ってるんだから」

でも父は動かなかった。ベッドに横たわる私を見ながら、声を震わせて言った。「絢香も俺たちの子供だ」

「違うわ!」母は叫んだ。「私の子供は竜之介だけ!絢香は竜之介を殺した人殺しよ!」

母は机の上の写真立てを掴むと、床に叩きつけた。ガラスの破片が、父の手を切りつけた。

父は何も言わなかった。ただ黙って破片を拾い集めて、ティッシュで傷口をおさえた。

リビングの電話が鳴った。学校の先生・山本杏奈(やまもと あんな)からだった。

母が電話に出ると、声がとたんに優しくなった。「もしもし、先生。竜之介のことで……あ、いえ、絢香の件でしょうか?」

山本先生が私が学校を休んでいる理由を尋ねるのを聞くと、母の声はまた冷たくなった。「わざとサボっているだけです。先生、あの子のことは放っておいてください。どうなっても構いませんから」

電話を切ると、母は父の腕を引っぱって外へ向かった。「行こう。絢香のせいで、龍之介のゆりかごを買いに行くのが遅れちゃうわ」

父は私の部屋を一度振り返った。少しだけ足を止めたけど、結局、母に引っぱられていってしまった。

ドアが閉まる瞬間、彼が目をぬぐうのが見えた。

部屋の中はしんとしていて、壁の時計が時を刻む音だけが響いている。

私はベッドのそばまで浮かんでいって、そこに寝ている自分を見下ろした。

顔はまだ丸い感じだけど、げっそりとこけてしまっている。顎なんて、刺さりそうなくらいに尖っていた。

髪もずいぶん伸びて、目が隠れてしまっている。母に言われていたみたいな、短い髪型じゃなかった。

この前髪を切ったときのことを思い出した。美容師が間違って少し切りすぎちゃったとき、母は大騒ぎしたんだ。「これじゃあ竜之介と全然ちがう!」って言って。

家に帰ってから、母は私を2時間も正座させた。そして、竜之介と同じ髪型にする資格なんてない、って言ったんだ。

あのとき、床に正座しながら竜之介の写真を見ていたら、なんだか急に、彼が知らない人みたいに思えた。

……

午後になって、父と母が帰ってきた。二人の腕には、青いゆりかごが大事そうに抱えられていた。ゆりかごには、可愛らしい熊の模様がプリントされている。

母はすごくうれしそうで、ニコニコが止まらない。ゆりかごをリビングの真ん中に置きながら、父に言った。「竜之介はきっとこれが気に入るわ。昔からクマのぬいぐるみを抱いて寝るのが好きだったもの」

父がちらっと私の部屋を見て、小声で言った。「絢香の様子、見てこようか?」

母はすぐに不機嫌な顔になった。「あの子の様子なんて見てどうするの?お腹がすけば、自分から出てくるでしょ」

彼女はゆりかごのそばに座って、そっと揺らしている。子守唄を口ずさみながら、その目はとろけそうなくらいに優しかった。

私もそっと近づいて、その青いゆりかごを見つめた。

とても小さくて、すごくきれい。竜之介が好きそうなゆりかごだ。

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