家族を捨てた私が、もう一度「お父さん」と呼ぶまで第3話
この話は約1575字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
目が覚めると、まだ夜明け前だった。枕は冷たく濡れていた。
いつものように着替え、色あせた学校指定の上着のファスナーを、いちばん上まで引き上げる。部屋を出ると、居間には大小10個以上の立派な箱が並んでいた。
昨日、亮介が持ってきた海外製のサプリメントや、高級なお菓子だ。
莉乃は食卓につき、そのうちの1つをゆっくりと開けていた。隣では正一が、具を多めにすくって味噌汁をよそっている。
「莉乃、この漬物も食べてみろ。父さんが漬けたんだ。町で売ってるやつにも負けないぞ」
皿を寄せられた莉乃は、色の濃い漬物を嫌そうに見て、眉をひそめた。
「私、朝はシリアルに牛乳って決めてるの。お兄ちゃんが持ってきてくれた箱に入ってるから、そっちを用意してくれない?」
正一はすぐに椀を置き、箱の山を探り始めた。
私は食卓から乾いて硬くなったパンを1つ取り、そのまま出ていこうとした。すると、莉乃が呼び止めた。
「遥、ナッツもあるよ。ママに、あなたにも少し分けてあげなさいって言われたの」
手のひらほどの小さな缶を、卓上の端へ押しやる。
「頭にいいらしいから、食べてみたら?高校にも入れなかったら困るでしょ」
私はその缶を見た。凝った包装に、外国語がびっしり書かれている。
けれど、実の母、一ノ瀬美和(いちのせ みわ)が、わざわざ私に分けるよう言いつけるはずはなかった。
莉乃のためには山ほど品物をそろえるのに、私のことは、せいぜい思い出したついでに口にしただけなのだろう。
――余ったら捨てずに、あの子にやってちょうだい。冷遇しているなんて噂されたら厄介だから。
母なら、そんなふうに言いそう。
「いらない」
パンをポケットに入れて答えたが、莉乃は食い下がってきた。わざわざ立ち上がり、缶を手にして私の前まで来る。
「せっかくあげるって言ってるのに。こんな高級なもの、田舎にいたら一生食べられないよ」
そう言いながら、無理やり私の手に押しつけてこようとする。だが、私が受け取るより早く、莉乃はわざと手を離した。
缶が土間に転がり落ち、開いたふたから高価なナッツがこぼれて土まみれになった。
莉乃はとっさに口元を押さえ、ぽろぽろと涙をこぼす。
「いらないなら、そう言ってくれればいいのに。どうしてわざと落としたりするの?ママが買ってくれたものなのに。私があなたの居場所を取っちゃったから、まだ怒ってるの?」
音に驚いた正一が、箱を探っていた手を止めた。土間に散らばったナッツと泣きじゃくる莉乃を見て、みるみる顔を曇らせる。
「遥、何てことするんだ。莉乃がせっかく分けてくれようとしたんだぞ。いらないからって、食べ物を粗末にするな」
私は正一を見た。少しも疑う様子はなく、莉乃の言葉を完全に信じきっている。
「私が落としたんじゃないよ」
事実を伝えただけなのに、正一はさらに声を荒らげた。
「嘘までつくのか!莉乃に謝って、ちゃんと掃除してから学校へ行け」
私は謝らなかったし、ほうきを取りに行こうともしなかった。ただじっと、正一の顔を見つめ返した。
かつて肩車をして、祭りに連れていってくれた人。私が熱を出したとき、大雪の中を5キロも背負って走ってくれた人。
人生をやり直して生じたわずかな歯車の狂いが、この優しい父まで、まるで別人のように変えてしまったのだ。
「学校、遅れるから」
それだけ言って庭を出た。背後の居間からは、正一が莉乃を優しくなだめる声が聞こえてくる。
私はその瞬間、心の奥に残っていた最後の期待も手放した。
学校へ着くと、担任の高橋恵子(たかはし けいこ)に職員室へ呼び出された。
「遥さん、この前の学力テスト、また成績が上がっていたわよ。この調子なら、市内で1位は間違いないわね」
恵子は眼鏡を押し上げ、申込用紙を差し出した。
「数学のコンテストよ。企業が協賛していて、最優秀賞には賞金10万円が出るの。あなたなら狙えると思って」
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