家族を捨てた私が、もう一度「お父さん」と呼ぶまで第2話
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胃がかすかに痛んだ。それでも、私はひと口ずつよく噛んで食べた。
山奥の採掘場で過ごした3年間には、カビの生えたサツマイモの皮を食べたことさえある。冷たいご飯くらい、何でもなかった。
最後のひと口を飲み込んだところで台所の木戸が開き、正一がホーローのマグカップを持って入ってきた。私の空の茶碗を見ると、日に焼けた顔に気まずそうな表情が浮かんだ。
「遥、こんなに遅くなるとは思わなかったんだ。冷めてなかったか?」
長年工事現場で働いてきた父の手は、あちこちがひび割れている。前は毎日、学校まで迎えに来てくれて、家に着くと真っ先に「腹減ってないか」と聞いてくれた。
「ううん。ちょうどよかった」
私は茶碗を持って流しへ行き、洗い始めた。冷たい水が、指の関節にしみる。
後ろで落ち着かなさそうに手をこすっていた正一が、不意にポケットから何かを取り出した。
「今日、莉乃の薬を買いに町へ行っただろ。途中の雑貨屋で見つけてな。かわいかったから、お前に買ってきたんだ」
ラインストーンのついた、リボン形の髪留めだった。安っぽいプラスチック製でも、薄暗い明かりの下できらきらと光っていた。
蛇口を閉め、手の水を振り払う。受け取ろうとするより先に、居間から足音が近づいてきた。
「お父さん、どこ?1人じゃ怖いよ」
ピンクのシルクの寝間着を着た莉乃が、裸足で台所の入り口に立っていた。小動物のように怯えきっていた。
正一はすぐに振り返り、慌てて髪留めを背中に隠した。
「起きたのか、莉乃。まだ具合が悪いのか?」
莉乃は答えず、彼が後ろへ回した手をじっと見た。
「何を持ってるの?きらきらしてたけど、私へのプレゼント?」
首をかしげ、甘えた声で尋ねる。正一は動きを止めて私を振り返った。その目は申し訳なさそうで、助けを求めてもいるようだった。
「ああ、これは……その……」
「前はね、お兄ちゃんが毎日プレゼントをくれたんだよ」
莉乃はうつむき、あっという間に目に涙を浮かべた。
「今はお父さんしかいないのに。莉乃のこと、好きじゃないの?」
正一は女の子に泣かれると弱い。焦って汗をかき、荒れた手を何度もズボンでぬぐっていたが、とうとう私に買ってきたはずの髪留めを、莉乃へ差し出した。
「そんなわけないだろ。莉乃に買ってきたんだよ」
取り繕うように笑って、機嫌を取る。
「田舎暮らしにはまだ慣れないだろうけど、これをつければ、町にいたころみたいにお姫様になれるぞ」
莉乃はすぐに笑顔になり、髪留めを受け取った。私をちらりと見る目が、得意げだった。
「ありがとう。やっぱりお父さんがいちばん優しいね」
正一が私に向き直り、声を落とした。
「遥、莉乃は家を離れたばかりで不安なんだ。わかってやってくれ。これはあの子にあげて、お前には明日また買ってくるから。な?」
私は布巾で手を拭き、洗った茶碗を食器棚へしまった。正一の目を見て、静かに答える。
「いいよ。もういらないから」
……
その夜、長い夢を見た。
村を吹き抜ける夕風も、自転車の荷台の揺れもない。あるのは果てのない暗闇と、息が詰まるほどの粉塵だけだった。
誘拐犯に右脚を折られた私は、生き延びるために湿った坑道を這い回った。動かない脚を引きずりながら、誰かが食べ残した腐りかけのご飯を口にした。
痛みで意識が薄れるたびに思い浮かぶのは、莉乃の手を引き、日の当たる道を歩く亮介の姿だった。
あの日、遊園地に置き去りにした私が、日の光も届かない場所で死んでいったことなど、二人は知りもしなかったのだろう。
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