婚約者は僕の部屋も功績も第3話 二枚の同意書
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午後七時ちょうどに個室へ入ると、玲奈と悠斗は並んで座っていた。
向かい側の席はひとつ。
婚約者同士で話すためではなく、最初から僕を説得するための配置だった。
「忙しいんだから、手短に済ませましょう」
玲奈が二枚の書類を差し出す。
一枚目は、社有レジデンスの入居権放棄確認書。
二枚目は、ホテル再生プロジェクトの成果物共同制作確認書。
後者には、僕と悠斗が企画段階から共同で制作したと記されていた。
日付は三か月前。
悠斗が会社へ出入りし始めるより前だ。
「事実と違う」
「形式を整えるだけよ」
玲奈はペンを僕の前へ置いた。
「住む場所も実績も、あなたにはもう十分あるでしょう。悠斗には、再出発の足がかりが必要なの」
「だから、僕の名前を消した?」
「消したわけじゃない。社内記録には残る。表に出る役目を譲ってほしいだけ」
胸ポケットのスマートフォンでは、録音が続いている。
「カードキーを止めたのも、資料の作成者を変えたのも、僕が了承したことにして申請するつもり?」
玲奈はため息をついた。
「今ここで署名すれば、あなたも了承していたことになるでしょう」
それが彼女の答えだった。
悠斗が伏し目がちに口を挟む。
「相馬さんが嫌なら、僕は明日は登壇しません。部屋からも出ます」
「悠斗、あなたは何も悪くない」
玲奈の声だけが、急にやさしくなる。
「これは会社のためでもあるの。朔が少し譲れば、丸く収まるわ」
「丸く収まるんじゃない。起きたことを、なかったことにするだけだ」
ペンを取り、二枚の書類の端をそろえた。
玲奈の表情が明るくなる。
だが、署名欄には触れず、そのまま彼女の前へ戻した。
「どちらにも署名しない」
「朔!」
「僕の承諾が必要なら、最初に聞くべきだった」
悠斗が立ち上がりかけたが、玲奈が腕をつかんで止める。
そのしぐさを見た瞬間、七年続いた関係は、驚くほど静かに終わった。
個室を出て、録音データと書類の写真を神崎さんへ送信する。
数分後、短い返信が届いた。
【確認しました。明日の披露会には予定どおり出席してください】
玲奈と暮らしていた賃貸マンションへ戻り、自分の荷物だけをスーツケースに詰めた。
ダイニングテーブルには、来月提出するはずだった婚姻届が置かれていた。
封筒に戻し、ふたり分の結婚指輪が入った箱と一緒に置いた。
部屋を出る直前、玲奈からメッセージが届く。
【明日は必ず壇上に上がって。あなたから悠斗へ記念キーを渡してもらうから】
大勢の前で僕に祝福させ、すべて僕も了承していたことにするつもりだ。
その画面も保存し、神崎さんへ転送した。
返ってきた一文を見て、スーツケースの取っ手を握り直す。
【会場に出席し、合図があるまで待機してください】
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