婚約者が秘書に世紀の結婚式を!?第2話
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そのことに気づいた瞬間、私は声もなく笑ってしまった。
もう彼の言い訳をこれ以上聞く気にはなれず、私は彼の腕を振りほどいて、その場でタクシーをつかまえた。
バックミラーに映った颯真は、去っていく私の背中を一度だけ見やったものの、すぐに身を翻し、寧々のもとへ戻っていった。
彼に対して最後に残っていたわずかな期待も、その瞬間に消えた。
涙をこらえながら、私は迷わず会社の社内アプリを開き、その場で退職手続きを申請した。それから家へ戻り、荷物をまとめて出ていく支度を始めた。
その夜、颯真は帰ってこなかった。寧々を連れて、最近話題になっているカップル向けのレストランへ行っていたのだ。
寧々はそのことがよほど嬉しかったのだろう。わざわざ九枚もの写真を投稿し、こんな言葉まで添えていた。
【高橋社長が、新婚初日くらいはちゃんとお祝いしないとって】
写真の中には、おそろいのスマホケースも映っていた。それに、颯真が寧々に合わせて、照れもなく可愛らしいポーズまで取っている。
それを見た途端、胸の奥に鈍い痛みが広がった。
付き合い始めた頃、私だってふざけたカップル写真を撮りたいとか、おそろいの小物を持ちたいとか、そんなことを口にしたことがある。
けれど彼は、そのたびに「子どもっぽい」の一言で切り捨てた。
それなのに今は、年を重ねたはずの彼が、寧々のためならそんなことまで平気でしてみせていた。
ぼんやりしていたそのとき、社内アプリに一件の通知が表示された。
【退職申請が承認されました】
その文字を見て、私はしばらく現実感を失った。
けれど我に返ったとき、写真の中で寧々と颯真がはめていたペアリングが、ひどく見覚えのあるものだと気づいた。
私は立ち上がって指輪のケースを探し、開けた。中は空だった。
その瞬間、二人の指にはめられていたのが、かつて私が結婚のために用意していたオーダーメイドの指輪だと確信した。
その指輪には、私の貯金のほとんどをつぎ込んだ。一億円くらいをかけただけでなく、デザインも仕上げも、私自身が心を砕いて作り上げたものだった。
もう自分で使うことはないとしても、ここを出たあと換金できる、私に残されたほとんど唯一の財産だった。
怒りを押し殺しながら、私は颯真にメッセージを送った。
指輪はどこへやったのか、と。
既読はすぐについたのに、いつまで経っても返事は来ない。
私はしびれを切らし、最後通告を送った。
【あなたも知らないっていうなら、盗まれたってことよね。今から警察に通報するわ】
そして三十秒ほどして、ようやく返信が届いた。
【明日、俺と寧々は教会で式を挙げる予定なんだ。でも頼んでいた指輪がまだ届かなくて、とりあえずお前のを借りただけだ。式が終わったら返す】
私があれほど大事にしてきた結婚指輪を、ここまで軽く扱えるのかと思った瞬間、心は完全に冷えきった。
【もういいわ。私は誰かがはめたものなんて身につけない。そこまであの子に渡したいなら、代金を払って。一億振り込んで】
颯真が応じるはずがないと思っていた。
なのに次の瞬間、一億円の入金通知が届いた。
その直後、彼から電話がかかってきた。受話口の向こうで、彼はほとんど脅すような口調で言った。
「金は払ったんだ。だったらもう、寧々に面倒をかけるような真似はするな。分別くらいつけろ」
一方的に電話は切れた。
黒くなった画面には、疲れ切った自分の顔が映っていた。それから、いつの間にか涙が頬を伝っていた。
この瞬間、私はようやく思い知った。九年間、何ひとつ惜しまず注いできた自分のすべてが、どれほど報われないものだったのかを。
私はさらに手を早めて荷造りを進め、引っ越し業者にも連絡を入れた。もう一刻も早く、この吐き気のする場所から離れたかった。
翌朝――
引っ越し業者よりも先にやって来たのは、本来なら海外旅行中のはずだった颯真の両親だった。
玄関に入るなり、二人は痩せた私の姿に目を見張った。やつれきった顔を見るなり、すぐに私の手を取って、声を詰まらせた。
「全部あの子が悪いのよ。止めても聞かずに、あなたに体外受精なんてさせて……本当に、どれだけつらい思いをしたことか……
もしあの子がこの先、あなたを少しでも粗末に扱うようなことがあれば、私たちが絶対に許さないわ」
その言葉は、まるで頭から冷水を浴びせられたような衝撃だった。
私はずっと、颯真が言っていたことを信じていた。彼の両親が、子どもを先に授からなければ結婚は認めないと言っているのだと。
けれど今の様子を見る限り、真実はまるで逆だったのだ。
怒りで拳に力がこもり、手にしていた緩衝材が、ぎしりと音を立てた。
私が荷造りをしていることに気づいた二人は、不思議そうに顔を見合わせた。
「どうして荷物をまとめているの?颯真はどうしたの。まさか、こんなことをあなた一人にさせているの?」
これまでは、颯真が外で何をしていようと、私は両親の前では彼の体面を守ってきた。
けれど、もうその必要はなかった。私はここしばらくの出来事を、ひとつ残らずそのまま話した。
聞き終えた二人の顔色はみるみる悪くなり、やがて怒りで真っ青になったまま、その場で颯真に電話をかけた。
けれど何度かけても、向こうは出ない。
怒りを抑えきれなくなった二人は、今度は会社の副社長に連絡を入れ、颯真と寧々が式を挙げる教会の場所を聞き出した。
「乃愛さん、もう怖がらなくていいわ。今日は私たちが、あの恩知らずのろくでなしにきっちり思い知らせてやるから」
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