婚約を解消したら、元婚約者の債権者になった件第3話
この話は約1296字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
バッグは水たまりに落ち、濡れた音を立てた。
ファスナーは半分ほど開いている。
中に見えたのは、安っぽい白いサテン。
エキストラ用のようなドレス。
裾はほつれていた。
マルコの声は平坦だった。
「カッシオ様はお情けをかけてくださっている。ロス様は今夜のレッドカーペットでトレーンを扱うアシスタントが必要だ。これを着れば、朝にはカードは復活する。結婚式もそのままだ」
私にこんなものを着て、ソフィアのドレスのトレーンを持つって?
計算し尽くされた、公開処刑のような屈辱だった。
私はバッグからマルコへ視線を移す。
体は震えているのに、背筋だけはまっすぐだった。
「ヴィンセント・カッシオに伝えて。地獄まで呪ってやるって」
マルコの表情が歪む。彼は一歩踏み出し、指を突きつけてきた。
「この愚か者が。まだ自分がこの家の奥様だと思ってるのか?お前は何でもない。カッシオ様がいなきゃ、ゴミ同然だ」
短く顎をしゃくる。
マイバッハのドアが勢いよく開いた。
気づく間もなく、黒いスーツの大柄な男が二人、私に取りつく。
腕を後ろにねじ上げられた。
「離して......!」
抵抗しても無駄だった。
寒さで、もう力が残っていない。
マルコは泥まみれのガーメントバッグを拾い上げ、私の胸に押しつける。
「カッシオ様の命令だ。素直にやらないなら、こうなる」
私はそのまま車の後部座席に放り込まれた。ドアが乱暴に閉まる。
車内は氷のように冷たい。濡れた服が肌に張りつき、震えが止まらない。
マルコがバックミラー越しにこちらを見た。
「口を慎めばよかったものを......次は自分の立場をわきまえろ」
私は目を閉じ、彼の声を遮断する。
......
20分後、映画祭のバックステージ入口に到着した。
私は車から引きずり出される。
廊下の先、混み合った控室で、ソフィアが中心にいた。
彼女は私のドレスを着ている。フラッシュが弾け、彼女を囲む。
その隣にはヴィンセント。腰に手を回し、所有を誇示するように抱き寄せながら、カメラに向かって笑っている。
彼は私に気づき、記者たちに何か言うと、こちらへ歩いてきた。
私が抱えている濡れたガーメントバッグを見て、眉をひそめる。
「みっともない女だな」
わざとらしい、うんざりしたような口調。
彼は仕立てのいいジャケットを脱ごうとした。
「言われた通りにすればいいのに」
吐き気がこみ上げる。私は身を引いた。
彼のジャケットが、汚れたコンクリートの床に落ちる。
その瞬間、彼の仮面が剥がれる。
低く、危険な声。
「いい加減にしろ」
彼は私の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「そのドレスを着ろ。今すぐだ。そしてソフィアの後についてカーペットに出ろ。トレーンを持つんだ。もし彼女に恥をかかせたら――」
顎を離し、内ポケットに手を入れる。
取り出したのは、指輪だった。
息が詰まる。深い緑のエメラルドがはめ込まれた、シンプルなリング。
これは祖母のものだ。
私に残された、最後の形見。
「返して!!」
手を伸ばすが、彼はそれを高く掲げ、届かない位置に保つ。
残酷な笑みが唇に浮かぶ。
「トレーンを持て。そうすれば返してやる」
彼はその指輪を、硬い床の上にかざした。
「それとも落とすか。さあ、選べ」
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