娘が亡くなった後、夫をあの女にくれてやった第3話
この話は約1637字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
錦人は私を見ると、ひどく慌てた様子で素早くジャケットを脱ぎ、私の体に掛けた。
「どうしてこんなことに?慈乃、病院で誰かにひどいことをされたのか?誰がやったか教えてくれ」
私は首を振った。
私を一番残酷に痛めつけているのは、あなたなのに。
病院の中からは、まだ罵声が飛んできている。
錦人はそれを聞いて状況を察したのか、私を強く抱きしめた。
「紗雪はただでさえ繊細なんだ。それに学校で働いている。もし前科がついたら、人生がめちゃくちゃになる。
病院の仕事がなくなっても構わない、俺が養うから。娘だって、また産めばいいだろう」
私は静かに彼を押し返した。
「私の娘は、あの子だけよ」
錦人は言葉を詰まらせ、深く息を吐いた。
「……分かった、今日はもうこの話はやめよう。
とりあえず、家に帰ってご飯を食べよう」
帰宅すると、食卓には豪華な料理がずらりと並んでいた。
しかしよく見ると、どの皿にも私の嫌いなニンニクがたっぷり使われている。唯一ニンニクが入っていないのは、私がアレルギーを持っているキノコ料理だけだった。
錦人は私の顔色がみるみる曇っていくことに気づかず、一品一品を嬉しそうに紹介しながら、私を席へとエスコートした。
「慈乃、ここ最近は大変だったな。さあ、目を閉じてくれ。サプライズがあるんだ」
半信半疑のまま、私は目を閉じた。
次の瞬間――この世で最も吐き気を催す声が聞こえてきた。
勢いよく目を開けると、紗雪がケーキを両手で捧げ、バースデーソングを歌いながら笑顔でこちらへ歩いてくるのが見えた。
私は弾かれたように立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る鋭い音が、歌声を遮った。
「お誕生日おめでとうございます、慈乃さん!」
私はケーキを凝視した。その上には、ソフビ人形が一つ飾られている。
娘が生前、一番大切にしていた人形だった。
私は無言のまま歩み寄り、その人形を乱暴に掴み取った。
バースデーソングが途切れる。
「慈乃さん、何をするんですか……?」
紗雪の声には、怯えたような、媚びるような泣き声が混じっていた。
錦人も呆然としている。
「慈乃?」
私は何も答えなかった。ただ人形を丁寧に洗い、両手で大切に包み込むと、娘の部屋へ向かった。
「待て!」
錦人が追いかけてきて、私の腕を掴もうとした。
「紗雪が午後いっぱいかけて準備してくれたんだ。料理もケーキも全部手作りなのに、その態度は何だ?」
紗雪は錦人の隣に立ち、目を潤ませて今にも泣き出しそうな顔をしている。
「錦人、もういいの。私が悪かったわ。慈乃さんがあの人形をそんなに大事にしてるなんて、知らなくて……」
彼女は錦人の袖をそっと引いた。
「君が謝ることなんかない」
錦人は彼女の手を握り、優しく引き寄せてから、私を睨みつけた。
「慈乃。この世界はお前を中心に回っているわけじゃない。娘はもう死んだんだ。それはただの人形だ。どんなに大事にしたところで、娘は戻ってこない。
紗雪は好意でやったんだ。娘が一緒に誕生日を祝ってくれているように感じてほしくて。それなのにあんな態度を取って、彼女をどれだけ傷つければ気が済むんだ?」
紗雪がそれに合わせるように、か細い声で言った。
「小さい頃、私のお母さんもこうやってケーキを作って私を喜ばせてくれたの。だから慈乃さんも喜んでくれると思って……」
錦人は振り返って彼女を見つめ、その目を優しく緩めた。そして再び私に向き直ると、眼差しは冷たく硬くなった。
今さら彼らと、どちらが正しいかなど争う気にもなれなかった。
「分かったわ。私が悪かった」
紗雪はぱっと笑顔になり、箸でキノコをつまんで私の口元へ差し出した。
「それなら、仲直りの印に私の手料理を一口どうぞ!
錦人も私の料理が一番好きなんですよ。慈乃さんもぜひ!」
彼女の手は、まっすぐに差し出されたままだった。
けれど私は、キノコに重度のアレルギーがある。
その時、スマホが震えた。ずっと忙しくしていた柳田教授から、ようやく返信が届いたのだ。
【よかった、善は急げだ。明日すぐに私のところへ来なさい。私が指導する!】
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