娘が亡くなった後、夫をあの女にくれてやった第2話
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数日後、私は病院の仕事に戻った。
過酷な業務に身を投じることで、すべての痛みを一時でも忘れたかったのだ。
十歳の患者の定期検診を行っていた時だった。突然、その母親が駆け寄ってきて、私の頬を力いっぱい平手打ちした。
パァン――
乾いた音が廊下に響き渡る。顔が横に弾かれ、口の中に血の味が広がった。
「恥知らず!よくもノコノコと出勤できたわね!」
女の唾が飛んでくる。
「自分の娘を死なせたくせに、今度は私の娘まで殺す気!?」
私はよろめきながら後退し、背中が冷たい壁にぶつかった。
「お母様、どうか落ち着いてください……」
看護師が慌てて止めに入る。
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
女は看護師を突き飛ばし、私の白衣の襟首を掴んで力任せに引き裂いた。
ビリッという音とともにボタンが弾け飛び、襟元が大きく開いて鎖骨と下着の肩紐が露わになった。
周囲からどよめきが起こり、スマホを掲げて撮影し始める者もいた。
「みんな見て!これが自分の娘を轢き殺した噂の医者よ!」
女は私の髪を掴み、無理やり群衆の方へ顔を向けさせた。
「娘が死んだばかりなのに、私の娘を診に来るなんて!あんたたち、こんな女に自分の子供を触らせられる!?」
頭皮が引き裂かれるような激痛が走り、私はよろめいて床に膝をついた。
「何か言いなさいよ!いい子ぶるのが得意なんでしょ!?」
女が私の肩を蹴りつけた。
「あんたの娘が、あの世からあんたを見てるわよ!」
周囲でもヒソヒソと囁き声が聞こえ始めた。
「こんなのが医者?病院から追い出せ!」
誰かの罵声を皮切りに、周囲は手がつけられないほどの混乱に陥った。
詰め寄る人々の怒号と、何かが床を叩く激しい音が響く。
「出て行け!」
「人殺し!」
私は床に膝をついたままだった。白衣はボロボロに引き裂かれ、髪は乱れ、頬には真っ赤な手形が残っている。
それでも私は、散らばったカルテをゆっくりと拾い集め、一枚一枚丁寧に揃えた。
「おっしゃる通りです」
顔を上げる。口の端から血が滲んでいたが、私は静かに微笑んだ。
「新しい担当医を手配いたします。私のような縁起の悪い人間に、お子様を触らせるようなことはいたしません」
女は呆然とした。
泣き喚くこともなく、反撃すらしないとは思っていなかったのだろう。
反撃できるものなら――錦人が紗雪を庇い、彼女が娘を轢き殺した真実を揉み消そうとしたあの時に、とっくにしていた。
「あ……あんた、気味が悪いのよ!」
女は気圧されたように吐き捨てたが、無意識に一歩後ずさった。
私は立ち上がった。膝から滲んだ血が、ふくらはぎを伝って靴の中に流れ込んでいた。
ねっとりと、温かい。
娘が最後に私の腕の中に残した温度と同じだった。
午後、私は病院長から呼び出された。彼はひどく険しい表情をしていた。
「白川先生、今日の件がネットで拡散されている。トレンド入りもしてしまった。『殺人医者』のタグは閲覧数三千万を超えているよ」
彼はスマホを私の前に差し出した。
「コメント欄では君の個人情報が晒されて、娘を轢き殺しておきながら他人まで害そうとしていると……」
画面上のコメント欄は、罵詈雑言で埋め尽くされていた。
【こういう女はどうして死なないの】
【娘が可哀想。こんなのが母親だなんて】
【いかにも人を不幸にしそうな顔】
私は静かに画面をスクロールし、一つ一つ目を通した。
「白川先生、残念だが、君には長期の停職処分を命じざるを得ない」
病院長はため息をついた。
「病院の評価もあるし、君がこんな状態では……どうしようもないんだ」
私は頷き、スマホを置いた。
「分かっています」
病院長室を出ると、廊下の突き当たりにあるテレビでニュースが流れていた。
錦人と紗雪が、慈善パーティーのレッドカーペットに立っている。錦人はスーツをパリッと着こなし、紗雪は彼の腕に寄り添い、優雅な笑みを浮かべていた。
記者がマイクを向ける。
「久我社長、ネット上では奥様の件が話題になっていますが、何かコメントはありますか?」
錦人は眉をひそめ、素っ気ない口調で答えた。
「娘の死は、ただの事故です。これ以上騒ぎ立てないでいただきたい」
紗雪が傍らで、そっと彼の腕を撫でた。
「悲しまないで。私がずっとそばにいるから」
カメラがクローズアップになる。錦人が彼女を見つめると、その眼差しは柔らかくなった。
「君がいてくれてよかった」
テレビから流れる拍手と笑い声が、廊下に響いて私の耳を刺した。
病院の正面玄関を出た時、さっきまでテレビの中にいた人物が、目の前に現れた。
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