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委ねた痛みは刃に変わる第3話

この話は約2170字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

私は一晩中、眠れなかった。ぼんやりした頭のまま、すべての日記を最後まで読み切った。

そして最後に、離婚協議書を作ろうとパソコンを開いたとき、あの偽物の証明書のことを思い出した。

三年前、私たちの結婚式は盛大だった。

けれどその裏では、誰にも知られないまま、名ばかりのものだった。

あのとき雪名が式場に乗り込んできたとき、彰人はただ冷ややかに彼女を見ていた。

彼は「雪名は精神的に不安定なんだ」と言い、さらに自分は罠にはめられたんだとも言った。

私は彰人の言葉を信じて、彼の隣に立った。

「その子は、もともとお前が卑怯な手でできた子だ。堕ろせ」

彰人の母の柏原玲子(かしわら れいこ)も年を取っていたし、孫を欲しがっていた。

玲子は孫を欲しがっていて、産ませたがっていたのに、彰人の顔つきは冷えきっていた。

見たところ、彼は雪名を心底嫌っているようだった。

けれどその手は、無意識のうちに固く握りしめられていた。

「この子には父親が必要なんです。お願いします、神宮寺さん、どうか私たちを認めてください」

雪名は彰人の冷たさを感じ取ったのか、今度は私に縋ってきた。

けれど彼女の手が私のドレスの裾に触れかけた瞬間、彰人は彼女を突き飛ばした。

雪名が額を打って血を流しても、彼はまるで動じなかった。

彰人の父の柏原誠司(かしわら せいじ)は若いころ、女癖の悪い放蕩者で、外に囲っていた愛人との間に隠し子までいた。

その女が子どもを連れて玲子の前に現れ、見せびらかしたときも、彰人はまさにあんな顔をしていた。

私は知っていた。彼は自分の父を憎んでいた。

それなのに、自分もまた同じような人間になっていた。

ただ、彰人の口座の利用明細には、何か月も続けて病院での支払い履歴が残っていた。

雪名を中絶に連れて行ったんじゃない。無事に産ませるために通っていたのだ。

子どもを非嫡出子にしたくなかったから、彼女にちゃんとした立場まで与えた。

どうして彰人が昼間、いつも会社にも行かず、家にも帰らなかったのかと思っていた。

新婚の妻に付き添っていたからだったのだ。

私は静かにパソコンを閉じ、ノートも閉じた。

認められていない結婚なんて、もともと偽物だ。

離婚協議書を用意する必要すらない。

けれど次の瞬間、部屋のドアが開き、彰人が飛び込んできた。

彼は近づいてきて、私の腕をきつく掴み、力任せに外へ引っ張ろうとした。

「解熱剤に何を入れた?どうして陽菜ちゃんが急に腹痛を起こしたんだ」

彼は焦りのあまり、口調も荒くなっていた。

私は振りほどこうとしたけれど、力が入らなかった。

頭はくらくらしていたし、額も熱を持っていた。

彰人が解熱剤を全部持って行ってしまったせいで、私はただ耐えるしかなかったのだ。

「何も入れてない。ただの薬だった」

声はかすれていたけれど、彰人は信じなかった。

そのときになって私は、明るくなった彼のスマホ画面を見た。雪名からのメッセージだった。

【陽菜ちゃんがお腹が痛いって、パパを呼んでるの。早く帰ってきて】

あの子の名前は陽菜というのだ。

彰人は最後に私を放し、目を赤くしたまま棚をかき回した。

昔、私も彰人のスマホを見たことがある。

彼は私に何の警戒もしていなくて、パスコードだって全部私の誕生日だった。

けれど連絡先の中に、雪名の名前を見かけたことは一度もなかった。

今日になって初めて知った。

彰人にはスマホが二台あり、SIMカードも二枚あったのだと。

私はふらふらしたままソファに座り込み、目も開けていられないほどだった。

それでも平静を装い、彰人が立ち去ろうとしたとき、先に口を開いた。

「外のドラッグストア、二十四時間営業よ。そこで買えばいい」

「それと、私たちの婚姻届受理証明書、見たの。偽物だった」

私がそう言い終えた瞬間、彰人の動きが止まった。

偽物の証明書のことが露見したのだから、私はもっと激しい反応をするものだと思っていた。

けれど彼はほんの少し立ち止まっただけで、そのまま背を向けて出ていった。

「夏帆ちゃん、今は急ぎの用があるんだ。戻ったら説明する」

彰人はそれだけを慌ただしく言い残し、ドアを閉めた。

彼が出て行ったあと、私もついに限界がきて、ソファに倒れ込むようにして目を閉じた。

意識が戻ったときには、もう午後三時だった。

体には毛布がかけられていて、キッチンからはいい匂いがしていた。

彰人がいつの間にか戻ってきていて、私のために食事を作っていた。

ぼんやりする意識の中で、まるで何も起きる前の日々に戻ったみたいだと思った。

私たちはまだ深く愛し合っている夫婦で、雪名も私の前には現れていない。

私が目を開けたのを見ると、彰人は手を止め、水を一杯注いでくれた。

けれど、私がうっかり彼の指先に触れた瞬間、彼の動きがぴたりと止まった。

そして、彼がその一瞬立ち尽くしたとき、私は彼の襟元に貼られた小さなアヒルのシールを見つけた。

彰人のスーツには不釣り合いな、ひどく子どもっぽいものだった。

きっと娘が貼ったのだろう。

「婚姻届受理証明書のことだけど……」

私は何も言わずに水を飲んでいたのに、彰人のほうが耐えきれずに口を開いた。

説明しようとしているようだったけれど、なかなか言葉にならない。

だから私は彼の沈黙を断ち切るように、手にしていたグラスを置いた。

「偽物だったんでしょう。だったら、もう私たちが続ける必要なんてないわ」

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