奈落に散る、十年の嘘と贖罪第3話
この話は約1601字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
今日をもって、高橋咲茉は死んだ。
翌日、土砂降りの雨。
私は両親の墓前に立ち、冷たい雨に打たれるがままになっていた。
脳裏には、制御できない記憶の断片がフラッシュバックする。
奏多と出会い、恋に落ちた甘い記憶。
そしてもっと昔、私が両親の足にしがみつき、泣きながら「羽衣を連れて行かないで」と懇願した光景。
工事現場の仕事はあまりに過酷だ。私は自分がついて行っていくつもアルバイトを掛け持ちしてでも、羽衣だけは実家に残して、学校に行かせてやりたかった。
けれど、私が必死に守り抜いた羽衣は、背後から私に致命的な一撃を加えた。
七年間愛した男も、私の人生を自らの手で粉々に破壊した。
目を閉じると、胸の痛みはもはや麻痺し、感覚を失っていた。
雨の中で、スマホが執拗に鳴り響いている。
「咲茉、相手の後ろ盾が強大すぎる。絶対に無理をするな。損をするのは自分だぞ」
私は顔に張り付いた雨を拭い、努めて平静な声を装った。
「隊長、ありがとうございます。
考え直しました。この職業は私には向いていません。新しい人生の目標を見つけました」
電話を切り、灰色の空を見上げる。
雨と涙が混じり合い、頬を伝って流れ落ちる。
不意に、黒い傘が私の頭上に差しかけられた。
振り返らなくても、誰だか分かる。
かつて私が無性に惹かれたあの香りが、今では吐き気をもよおすだけだった。
背後から聞こえる奏多の声は、変わらず優しかった。
「濡れると風邪を引くよ」
私は動かず、言葉も発しなかった。
「咲茉、意地を張るのはやめてくれ」
彼は私の手に、一通の採用内定書を強引に握らせた。
「新しい仕事を用意したんだ。
上場企業の管理職で、仕事は楽だし、年収も千万円を超える。
警察官なんかよりずっといい」
「必要ないわ」私は冷たく言い放った。
彼は私の夢を壊しておいて、今度は金で私を丸め込み、侮辱しようとしている。
奏多の口調は相変わらず忍耐強く、まるで聞き分けのない子供を諭すようだった。
「咲茉、君が悲しいのは分かってる。
でも俺がしたことは全て、君のためなんだ。
君が危険な目に遭うのを見ていられない。君の亡くなったご両親に代わって、俺が面倒を見る。
これからは、もう一人で強がる必要はないんだ」
「私のため?」
私は我慢できず、顔を上げて彼を見つめ、突然笑い出した。
その笑い声は雨の中で際立って物哀しく響いた。
奏多は眉をひそめた。
「癇癪を起こすな、咲茉。
今はショックで受け入れられないだろうけど、冷静になれば俺の真意が分かるはずだ。
俺たちの長年の絆は……」
私は鼻で笑った。
彼は私が骨の髄まで彼を愛しており、彼から離れられないと確信しているのだ。
最終的には従順なペットのように、彼の全てのアレンジを受け入れると思っている。
その顔を見つめるうち、胸の内で渦巻いていた憎悪と怒りが頂点に達した。
私は彼の目の前で、その内定書を無造作に引き裂いた。
そして、バラバラになった紙屑を、力任せに彼の顔面へと叩きつけた。
「奏多!何様のつもりで私の人生を決めるの?
二度と顔も見たくない!」
紙屑が舞い散り、濡れた彼の顔に張り付き、無様な姿を晒した。
彼が怒り出し、激昂すると思った。
しかし、彼はそうしなかった。
ただ私を見つめ、穏やかな声で言った。
「咲茉、君が冷静になるのを待つよ」
これ以上、彼と関わり合う気など微塵もなかった。私は踵を返し、その場を立ち去ろうとした。
だが、激しい感情の起伏と連日の精神的疲労で、私の体はとっくに限界を超えていた。
視界が急激に暗転し、全身の力が抜け、糸の切れた人形のように、そのまま地面へと崩れ落ちた。
意識が途切れる寸前、いつも余裕綽々だった奏多の顔に、慌てふためく表情がよぎったのが見えた気がした。
きっと、錯覚だろう。
目が覚めると、奏多がベッドの脇に座っていた。その顔色はやつれていた。
私が目覚めたのを見ると、彼はすぐに私の手を握り、申し訳なさそうな目をした。
「咲茉、やっと気がついたんだね」
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