夫を貸した37回目、娘はもう待たなかった第3話
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孝介は先生たちの前で、迷いなく答えた。
「明日は勇太と参加します」
孝介の服の裾をつかんでいた日菜の手が、ゆっくり離れた。
「前に日菜に言ったよね。父親参観では、一緒に凧を作ろうって」
「凧なら、また今度一緒に作れるだろ」
孝介はあっさり答えた。
「勇太はさっき、俺のことをパパって呼んだせいで、クラスの子にいろいろ言われたんだ。明日俺が一緒に参加しなかったら、また何か言われるだろ」
「だからって、日菜がみんなに笑われてもいいの?」
孝介は周りを見た。
「ここで言い合うなよ。みんな見てるだろ」
美咲は目を赤くしたまま、私に言った。
「絢香さん、私から孝介に、明日は日菜ちゃんと一緒に参加してって頼むよ。でも勇太のカウンセラーから、今はこれ以上、見捨てられたような思いをさせないほうがいいって言われてて……」
私は美咲をじっと見た。
「日菜は昨夜、何度も悪夢を見たの」
「でも、日菜ちゃんには絢香さんがいるじゃない」
言ってからまずかったと思ったのか、美咲はすぐに言い直した。
「違うの、そういう意味じゃなくて……日菜ちゃんのほうが、勇太より恵まれてるって言いたかったの」
日菜がふいに顔を上げ、美咲を見た。
「パパのこと、勇太くんに1日だけなら貸してあげてもいいよ」
そう言うと、日菜は指を折りながら数え始めた。
「でも、もう何回も貸してるの。お誕生日も、運動会も、病院のときも、親子行事も……今度は父親参観まで。パパのこと、いつ返してくれるの?」
誰も答えなかった。
家に帰ると、日菜は棚から凧を取り出した。
前に日菜と孝介が一緒に作った凧だった。ツバメの形をしていて、左右の羽はいびつに曲がり、そこには家族3人の名前が書かれていた。
日菜は凧を抱えて、孝介のいるリビングへ向かった。
「パパ、今日だけ一緒にやってくれない?明日は日菜、一人でできるから」
孝介は、明日の父親参観で勇太が使う模型を組み立てながら、顔も上げずに答えた。
「パパ今、手が離せないんだ。ママに教えてもらいな」
「でも先生、パパに教えてもらってねって言ってたよ」
「先生がそう言ったからって、そこまで言うこと聞かなくてもいいだろ」
孝介は苛立ったまま接着剤に手を伸ばし、その拍子に腕が凧に当たった。
凧が床に落ち、そこへ勇太が靴のまま乗った。
ぱきっと音がして、竹ひごが折れた。
日菜は思わず声を上げ、勇太を突き飛ばした。
勇太は尻もちをつくと、そのまま大声で泣き出した。
美咲はすぐに駆け寄り、勇太を抱き起こした。
「勇太、大丈夫?痛いところない?」
孝介は日菜の腕を強くつかんだ。
「人を突き飛ばしちゃダメだろ。誰にそんなこと教わったんだ」
日菜は泣きながら、床に落ちた凧を指さした。
「だって、勇太くんが壊したの」
「だからって、勇太を突き飛ばしていいわけないだろ」
「これ、パパと日菜で作ったのに」
「壊れたなら、また作ればいいだろ」
「でもパパ、もう日菜と作ってくれないもん」
日菜は小さな声でそう言った。
孝介は一瞬、黙った。
私は日菜を抱き上げた。
「日菜にはあとで私からちゃんと言い聞かせる。でも勇太くんも、凧を踏んで壊したんだから、ちゃんと謝ってほしい」
美咲は勇太にけががないのを確かめると、やさしい声で言った。
「勇太もわざとじゃないの。先に押したのは日菜ちゃんだし、まずは日菜ちゃんから謝ろうか?」
孝介もうなずいた。
「日菜、先に謝りなさい」
日菜は私の肩に顔を伏せたまま、何も言わなかった。
孝介は手を伸ばすと、日菜を抱き上げた。
「謝れ。二度言わせるな」
日菜の体がこわばり、涙がぽろぽろと服に落ちた。
「ごめんなさい」
勇太は涙を拭うと、美咲にしがみついたまま言った。
「凧くれたら許してあげる」
孝介は壊れた凧を拾い上げた。
「ほら、やるよ。どうせもう壊れてるし」
「やだ!それ日菜の!」
日菜は凧を取り返そうと、孝介の腕の中で必死に身をよじった。
あまりに暴れるので、孝介は仕方なく日菜を床に下ろした。
下ろされるなり、日菜は凧を取り返そうと手を伸ばし、折れた竹ひごで手のひらを切った。
私はすぐに日菜の手を取った。
孝介も思わず手を伸ばしたが、そのとき勇太が急にお腹を押さえて泣き出した。
「孝介、勇太が!」
美咲の声に、孝介はその手を引っ込め、勇太のそばにしゃがみ込んだ。
私は日菜の手のひらに絆創膏を貼ると、スマホを取り出し、宗一郎から届いていた離婚協議書を孝介に転送した。
「孝介、時間あるときに見て」
孝介は画面に出た「離婚協議書」の文字を見ると、すぐに画面を消した。
「離婚の話なんか出したって、俺が慌てると思ったのか?」
その口ぶりには、妙な自信があった。
「お前だって、日菜のこと考えたら本気で離婚なんかできないだろ。もういい加減にしろ。いつまでもこんなことして、日菜にまで悪い影響が出たらどうするんだ」
そう言うと、孝介はハサミを手に取り、日菜の目の前で、凧に書かれた日菜の名前を切り落とした。
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