夫の偽装結婚を暴いた日第3話
この話は約1065字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私はしばらく子ども部屋に立ち尽くしたまま、少しずつ頭が冷えていくのを感じていた。
「前の奥さんのお位牌って、置いてないんですか?」
結月はほんの少し口元をゆがめた。
「そういうの、気になる?」
それから、少し困ったように笑う。
「私も前に聞いたことあるの。でも夫、そういう形に残すことにはあまりこだわらない人で。亡くなった人は心の中にいればそれで十分だって、家にお位牌を置いたりする必要はないって言ってた」
私は目を伏せた。
心の中にいれば、それで十分。
まるで深く想っているみたいに聞こえる言葉だ。
――じゃあ、七か月で亡くした私の子は、いったいどこにいるんだろう。
強く握りしめていた拳をほどくと、掌には爪の跡がくっきり残っていた。
「もう一つ、お聞きしてもいいですか?」
「うん?」
「あの……お二人はあんなにお金があるのに、どうしてこんな普通のマンションに住んでいらっしゃるんですか?」
結月はふっと笑った。
「私がそうしたかったの。うちの夫、何でも持ってる人だから……なんていうか、普通の暮らしとはちょっと縁がない人で」
そう言って、少し照れたように肩をすくめる。
「だから、こういう普通のマンションを買ってもらって、普通の人みたいな生活をしてみたかったの」
そう言って彼女は、壁に飾られた小さなインテリアを指さした。
「ほら、これも全部、私が選んだの。最初は夫もこういう雰囲気に慣れなかったみたいだけど、今はすっかり気に入ってる。ここがいちばん落ち着くんだって言うの」
「この部屋、ご主人があなたに買ってくださったんですか?」
「そう。買ってくれて、私のものにしてくれたの」
彼女は少し声をひそめた。
「ここだけの話、私だってまったく考えてないわけじゃないの。もし本当にいつか捨てられても、行くあてまでなくなるのは嫌だし。この部屋だけは、ずっと私のものにしていいって言ってくれたから」
それを聞きながら、胸の奥がすうっと冷えていくのを感じた。
二年前、陽介が私から権利書を持っていった理由が、ようやくわかった。
この部屋は人に貸して、その家賃は私が受け取ればいい。そうすれば、彼に頼らなくても困らないだろう、と彼は言っていた。
けれど。
貸しに出したはずのこの部屋に住んでいたのは、もう一人の妻だった。
「……本当に、恵まれていらっしゃるんですね」
自分の声がわずかに震えているのがわかった。
結月は小さく笑って、また依央をあやし始めた。
私はその横で、彼女の横顔を見つめていた。
まだ二十代の前半くらいだろう。
何も知らないのだ。
――でも。
知ったところで、いったい何ができるのだろう。
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