夫のハネムーンの代償第2話
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「今、会社にはいないの」私は淡々と答えた。
「会社にいない?」
英明の声が急に冷たくなる。
「今は勤務時間中だろ。木村愛子、勤務時間に勝手に職場を離れるなんて、減給になるってわかってるのか?」
「わかってるわ。でも、私はもう……」
退職したことを告げようとしたその時、受話器の向こうから彩花の甘ったるい声が聞こえてきた。
「英明、愛子先輩が嫌がってるなら無理強いしないでよぉ。私がやるから」
「だめだ。彩花は昨日あんなに遅くまで頑張ったんだから、今日は休まなきゃ」
英明の声は優しく、さっき私に向けた冷酷な態度とは別人だった。
彩花はまだ「疲れてないもん」と言い訳をしているが、英明は強硬だ。
「俺は社長だぞ。休めというのは業務命令だ。逆らう気か?」
彩花は「てへっ」と舌を出した。「だって、愛子先輩に悪いと思って」
「あいつがいくら苦労したって、君の苦労には及ばないさ。君は出張先でも契約書の整理をしてるのに、あいつは毎日会社で何もしてないんだから。
それに、あいつは俺の妻だ。会社はあいつのものでもあるんだ。少しぐらい苦労するのは当然だろ?」
英明は鼻で笑った。
その一言で、私のこれまでの功績はすべて消し去られた。
私の中には、もう当初のような怒りも、嫉妬も、絶望もなかった。ただ、感覚が麻痺しているだけだ。
あまりにも回数が多すぎたから。
私が黙っていると、英明は私が承諾したと思い込んだようで、口調を少し和らげた。
「愛子、俺がただ仕事を押し付けてると思ってるのか?これはお前を鍛えるためなんだ。妻として、会社に対してもっと責任感とハングリー精神を持つべきだからな。
少しは彩花を見習ったらどうだ? 彼女は昨日、仕事のために朝の四時まで起きてたんだぞ。こんなに優秀で、しかも努力家な女の子、今まで見たことない」
彩花が横で笑う。「愛子先輩だって優秀なのよぉ」
言葉とは裏腹に、その口調には明らかな軽蔑が混じっていた。
英明はそれに気づかず、軽く鼻を鳴らした。「あいつが君の半分でも優秀なら、俺は夢の中でも笑って目が覚めるよ。
忘れるなよ、今年の案件は全部君が成約させたんだからな」
二人の茶番劇。
私は何も言わなかったし、反論する気も起きなかった。
今年の案件はすべて、彩花が私の手から奪っていったものだ。英明もそれを百も承知で、わざと知らないふりをしている。
どうせ結婚して五年、こんな些細なことで私が離婚するはずがないと高を括っているのだ。
「よし、これから彩花と接待があるから、なるべく早く終わらせて送ってくれ」
そう言うと、私の返事も待たずに英明は電話を切った。
しかし二分もしないうちに、スマホが震えた。彩花がSNSを更新した通知だった。
豪華なキャンドルディナーを前に、彼女は英明の肩に小首をかしげて寄りかかっている。目の前には、指輪一つが入る大きさの精巧なギフトボックスが置かれていた。
さらに下にスクロールすると、彩花が昨夜投稿した写真があった。深夜四時、彼女と英明はバーで盛り上がっていたようだ。
つまり、英明の言う「彩花の努力」とはお酒を飲むことであり、「これからの接待」とはデートのことだったのだ。
私は鼻で笑い、英明を問い詰める気力さえ失せていた。
聞いても無駄だ。彼はいつものように様々な理由をつけて正当化するだろう。私が彼を論破したところで、待っているのは謝罪や反省ではなく、終わりのない冷戦だけだ。
そのたびに、私は機嫌を取り、ご機嫌伺いをしなければならなかった。
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