夫が教え子を選んだので、身を引いてやった結果第1話
この話は約1651字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
結婚3年目。夫の川田貴弘(かわだ たかひろ)が、またしても教え子のために私を置き去りにした。
その時、私は母が遺した莫大な遺産を手に、二度と振り返ることなく彼の元を去った。
* * *
私の名前は入江未紗(いりえ みさ)。夫の川田貴弘(かわだ たかひろ)は、医学界で「ゴッドハンド」と呼ばれる名医だ。
そして、彼の教え子である西野亜希子(にしの あきこ)は、彼が手塩にかけて育て上げた医学界の新星である。
二人は難病奇病の研究に没頭しており、夫が彼女と一緒に過ごす時間は、私と過ごす時間よりも遥かに長かった。
あの日、私は親族として、彼が率いる研究チームの食事会に参加していた。
激辛の料理を誤って口にしたことで、私は過呼吸を引き起こし、呼吸性アルカローシスに陥った。
呼吸が困難になり、意識が遠のく中、私は震える手で彼に助けを求めた。
しかし、滑稽なことに、私のすぐ隣に座っていた彼は、病院に搬送されてきたばかりの希少な症例について、亜希子と熱心に議論することに夢中だった。
死の淵に立たされた私の視界には、病状の誘発原因について頑なに亜希子と論じ合う夫の姿が映っていた。
意識が混濁する中、彼の別の教え子が私の異変に気づき、慌てて救急車を呼んでくれたのだ。
……
目を開けると、そこは消毒液の臭いが立ち込める病室だった。
貴弘の目から疲労の色が消え、彼の手が優しく私の額に触れる。
「病み上がりなんだから。君の好きな薬膳スープを作ってきたよ」
私は無表情のまま、彼を見つめた。
反応がない私を見て、彼は眉をひそめる。
「未紗、どうして何も言わないんだ?」
私は視線を上げ、彼を見た。
「何を言えばいいの?
あなたが目の前で他の女と楽しそうに話し込み、私を無視したことについて?
それとも、私が隣で窒息死しかけているのに、あなたが無関心だったことについて?」
貴弘は一瞬呆気にとられたが、すぐに低い声で笑った。
「怒ってるのか?
それとも、嫉妬?」
彼は私の肩を抱き寄せ、子供をあやすような口調で言った。
「わかってるだろう?俺と西野さんは医学の研究モードに入ると、周りが見えなくなるんだ。
今回のことは俺も西野さんも反省してる。でも、悪気があったわけじゃないんだよ」
そう言って、彼は期待に満ちた目で私を見ていた。いつものように、私が許してくれることを信じて疑わない目だ。
私はじっと彼を見つめ、何も言わなかった。
いつも私ばかりが折れて、なんとか繋ぎ止めてきた結婚生活はもう、こりごりだった。
空気が張り詰める。貴弘は眉を寄せ、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「未紗、いい加減にしてくれ」
その声には、警告の色が含まれていた。
彼はいつもこうだ。被害者が私であっても、無条件で彼を許し、理解することを強要する。
私が自分のために声を上げようとすれば、彼はそれをただの「わがまま」だと決めつけるのだ。
これ以上、彼と言葉を交わすのは時間の無駄だった。
私は結婚指輪を外し、静かに告げた。
「離婚しましょう」
貴弘は驚愕の表情で私を見つめ、言葉を探すようにしばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。
「たかが俺の小さなミス一つで、離婚だと?
西野さんは君とは違う。彼女はまっすぐな人間だ。医学のことしか頭にない。君みたいに腹に一物あるようなタイプじゃないんだ。
一体、何を騒いでいるんだ?」
彼は未だに、私が亜希子への嫉妬で拗ねているだけだと思っている。彼が私に与えた傷の深さなど、微塵も理解していない。
彼が言う「小さなミス」とは、私の命を奪いかけた過失のことなのに。
その時、貴弘のスマホが鳴った。
彼は私の布団を掛け直すと、病室の外へ出て電話に出た。
距離は近かったため、彼の興奮した声が漏れ聞こえてくる。
「神経医学分野の最先端研究で、突破口を見つけたって?」
電話越しに、優しげな笑い声と共に、甘い誘惑の言葉が紡がれた。
「先生が今すぐ私の元へ来て、一緒に研究を進めてくれたら……成果が出たその時は、二人だけのものにしましょう?」
「今からか?」
貴弘は病室のベッドにいる私を一瞥し、躊躇う素振りを見せた。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)