夫が娘の遺品を他人に渡した日、私は離婚を決めた第2話
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晴海はその様子を見ると、慌てて花奈の手を握った。
「志真、私たち帰るよ。うちのせいで夫婦喧嘩なんて……」
「晴海、お前は気にすんな」
志真は彼女の腕を掴んだ。
「悪いのはお前じゃねぇ。雪乃が勝手に思い詰めてるだけだ。少ししたら落ち着く」
そう言うと、彼はまっすぐキッチンへ向かい、私の作った料理をそのまま食卓に並べ、晴海と花奈を座らせて食べ始めた。
私は、リビングの真ん中に立ち尽くしたまま。誰も私を見ようとしなかった。
食卓では笑い声が響く。足元に、一粒の涙が静かに落ちた。
その瞬間、私ははっきり悟った。
彼は「私が大げさだ」と思っている。
私は「彼が冷たすぎる」と思っている。
同じ屋根の下にいるのに、もうとっくに別々の世界の人間だった。
目を閉じ、涙を無理やり引っ込める。もう一度目を開けたときには、視界は澄み切っていた。
結局、晴海はあのセーターを抱えたまま帰っていった。
志真は私の前に来て、抱き寄せようとした。
「さっきは言い方がキツかった。悪かったよ。本当にごめん」
私は抵抗しなかった。その腕に、ただ身を預けた。
彼の体温はたしかに温かい。けれど、その温度は、もう心の奥には届かない。
思い出すのは、あの頃の璃々のことだ。
病気で髪が全部抜けて、鏡を見るのを嫌がっていたあの時期。
あの黄色いセーターは、その頃に編んだものだった。
少しでも暖かくしてあげたくて、少しでも元気に見えればと思って。
セーターが完成した日、璃々は本当に嬉しそうで、鏡の前で久々に笑ってくれた。
「ママ、見て。私、うさぎさんみたいでしょ?」
私は笑いながら頷き、こっそり涙を落とした。
そのとき志真も来て、セーターを見た。
彼が言ったのはただ一言。
「いいじゃん。風邪ひかせんなよ」
そしてすぐに仕事の電話に出た。
彼はいつも忙しかった。私と璃々より、優先すべきものが他にいくらでもある人だった。
彼は、金銭的には全部背負った。
でも、夜の不安も、果てのない絶望も――すべて私一人に押し付けた。
そして今、私の最後の拠りどころまで奪おうとしている。
記憶から戻り、私はそっと彼を押し離した。
「志真、あなたが私に一番言った言葉って……『ごめん』だよね」
出産の日、彼は忙しいと来なかった。
璃々が倒れた日も、忙しいと来なかった。
葬式の日も、結局忙しいと言って、私一人で全部やることになった。
そのあと彼は、決まってすぐに「ごめん」と言った。
そのたび、私の心は一度ずつ割れていった。
薄暗い照明の中、志真の顔の半分が影に沈んで見えない。
けれど、彼がふと目を上げたとき、私はその無感情な瞳をはっきりと見た。
胸がぎゅっと痛くなる。
声が震えた。
「私が欲しいのは、謝罪じゃない」
彼は眉をひそめた。
「意味わかんねぇよ。じゃあ何が欲しいんだ?愛?俺らもう十年だぞ。そういうのはもういいだろ」
私は黙ったまま、十年一緒にいたはずの男を見つめた。
彼の外見はあまり変わっていない。
でもその心は、最初から私には向いていなかったのかもしれない。
私が返事をしないので、彼は何か言おうと口を開いた。
だがその瞬間、会社から電話が入る。
「雪乃、変なこと考えるなよ。会社が急でさ、行かなきゃ」
私の頭を軽く撫でてから、靴を履きに玄関へ向かった。
そのとき、晴海が泣きながら駆け込んできた。
「志真……花奈が熱出して……どうしたらいいかわかんなくて……!」
私は聞いた。
彼がどれほど優しい声で言うのかを。
「大丈夫だ、落ち着け。すぐに病院連れてく」
バタン、と扉が閉まり、家の中が一気に静まった。
私は口元だけで笑った。それは、とても苦い笑いだった。
璃々がICUに運ばれて、危篤だと言われた日――彼は今日ほど急いで来なかった。
心の奥が、氷みたいに冷たくなる。
彼は、私を愛してはいない。
そんなこと、私はずっと前から気づいていた。
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