夫が女の車仲間を新居に招いたので、離婚した第2話
この話は約1677字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
彼はへらっと笑い、大事そうにしまい込みながら言った。
「前はそういうのに出会ってなかっただけだよ。
配車アプリの運転手やってると、いろんな客を乗せるだろ。ああいう匂いってさ、香水でもつけてなきゃたまったもんじゃないんだよ」
でも前はたしかに彼がこう言っていたのだ。「香水なんかつけてどうすんだよ。お前だって好きじゃないし、もともと車酔いするだろ。車の中の匂いだけでも十分きついのに、そのうえ香水なんてあったら、お前絶対無理だって」
私は口の中の頬の内側を噛み、何も言わなかった。
買い物を終えて家に戻ると、何人かの友人はもう着いていて、下で彼を待っていた。
私は彼について迎えに行き、軽く視線を走らせた。
優奈は華奢な体つきで、私よりずっと細かった。
同じように結婚してゆきもいるのに、私は病気のせいで長年薬を飲み続けていて、そのうえ節制もできず、かなり太ってしまっていた。
エレベーターに乗ると、私は彼女のすぐ近くに立った。
彼女より、私のほうが少し背が高かった。
優奈の体から、ほのかな香りが漂ってきた。
その香りには覚えがあった。
夫の車の中にしていた、あの匂いだ。
私ははっと思い出した。彼が運転の仕事を始めて半年ほどたった頃、急に私にこう言ったことを。
「なんか、背が高くなった?」
抱きしめてきたかと思うと、私の体に鼻を寄せてくんくん嗅ぎながら、ふいにこうも言った。「やっぱり、お前も香水つけたほうがいいかもな」
優奈は私より背が低くて、しかも香水をつけるのが好きだった。
胸のつかえは、どんどんひどくなっていった。
それでも私は勝手に人を疑いたくなくて、家に入ると夫はそのままキッチンへ行き、忙しそうに動き始めた。
私は料理ができないので、ソファに座ってスマホをいじっていた。
彼の運転仲間たちは、私があまり社交的な性格じゃないと聞いていたのか、部屋をひと通り見たあとは勝手に盛り上がって話し始めた。
今日は引っ越し祝いだった。
私は朝五時から片づけをしていた。
昨夜はうれしくて一晩中眠れず、今日は新居で丸一日過ごしていたせいで、このときには眠気で頭が少しくらくらしていた。
話し声を聞き流しているうちに、視界の端からひとつ人影が消えた。
そちらを見ると、優奈がキッチンで夫と一緒に動いていた。
二人は楽しそうに笑いながら話していて、私は黙ってそれを見つめた。
私の視線に気づいたのか、夫はエプロンで手を拭いながらこちらへ来て、私の腕をつかむと部屋の奥へ引っぱっていき、小声で言い含めた。
「優奈ちゃんの離婚のことは言うなよ。
俺に話したとき、お前には言わないでくれって頼まれてたんだ。せっかく新居祝いなのに、自分が離婚したなんて話、縁起悪いってさ」
私は思わず口にした。「縁起悪い?縁起悪いなら、なんでわざわざ私の新居に来て騒ぎたいの?」
彼は言葉に詰まった。「いや、その……友だちが家でにぎやかにしたいってだけで」
私は深く息を吸った。「あの人は客なんだから、キッチンに入るのはおかしいよ」
すると彼は気にも留めないふうに笑った。「友だちなんだし。料理できるから手伝ってくれてるだけだって。別にいいだろ」
そう言い残すと、彼はまた慌ただしくキッチンへ戻っていった。
でも私がああ言ったせいで、彼は優奈をキッチンから追い出した。「客なんだから、キッチンで動かなくていいって。向こうでゆっくりしてろよ」
優奈は私をちらりと見て、笑いながら言った。「大丈夫だよ、みんな友だちなんだし。
奥さんは料理できないでしょ。私はできるから、ちょっと手伝うくらい平気だよ」
何気ない一言のはずなのに、私にはやけに引っかかった。
夫に何度も促されて、ようやく彼女はソファに腰を下ろした。
そして私のほうへ身を寄せ、目元をやわらかく弧にして言った。
「詩織ちゃん、こんにちは。
引っ越したばっかりで、きっと大変でしょ。何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね。
それに、あなたと佑樹が一緒に四万円の香水をくれて、元気づけてくれたでしょう。私、まだどうお礼をしたらいいかわからなくて」
その瞬間、頭の中でぶん、と音がしたみたいに真っ白になった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)