夢見る貴方は真冬に降る雪の如き第3話
この話は約1969字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
美波は表情を引き締めた。
音夢は昔から大人しい子で、幼稚園でトラブルを起こしたことなどなかった。
先生からそのような電話が来たのは初めてだった。
美波が急いで職員室に来たら、音夢は隅っこに立っていて、シクシク泣いていた。
小さな顔はトマトのように赤くなって、体はぶるぶる震えていた。
それに対して、隣りにいる冬雪は冷え切った顔をして、その隣にもう一人の女の子とスタイル満点の女もいた。
一目して、美波はわかった。その女が冬雪の初恋相手、緒方梨乃(おがた りの)だと。
彼女は冬雪のそばに立っていて、親しく彼の腕に手を回して、夫婦だと勘違いされるほどお似合いだった。
冬雪のそばにいるその子が、梨乃の子供だった。
美波が入った瞬間、緒方心愛(おがた みあ)は冬雪の腕を掴んで、大声で「平野パパ、音夢ちゃんにいじめられた!」と泣きついた。
「平野パパ」という呼び方を聞いて、音夢は目を丸くした。
彼のことを「パパ」と呼ぶことを、冬雪に一度も許されなかった。
その故、幼稚園の先生達は皆、音夢が片親だと思い込んでいた。
しかし今、他の子供は、彼女の目の前で堂々と「パパ」と呼んでいた。
その上、冬雪は自分の子のように心愛を抱きしめて、優しい声で「大丈夫だ、心愛。パパは守ってあげるから」と慰めていた。
そのような優しい表情、愛に満ちた眼差しは、
一度も音夢に向けたことがなかった。
その視線を彼女に向けた瞬間、またすぐに寒気を覚えさせるような眼差しに変わった。
「幼稚園でクラスメートに手を出すなんて、どこで覚えたんだ?失礼すぎるだろ。すぐに心愛に謝れ!」
その怒りの帯びた口調にびびった音夢は震えが止まらなかった。彼女は泣きながら、「心愛ちゃんが先に私のぬいぐるみを破いたの」と言った。
机の上に、まだその破かれたうさぎのぬいぐるみが置いてあった。
それが昨日酔っ払った冬雪が持って帰ってきた、音夢へのプレゼントだった。
音夢は嬉しくてたまらなかった。一夜も抱きながら寝て、幼稚園にいる時でさえずっと持ち歩いていた。
しかし今、心愛は逆ギレした。
「あんたのぬいぐるみだって?これは平野パパが私にくれたぬいぐるみなの。泥棒!」
「泥棒」という言葉は、五歳児にどれほど重い傷をつけてしまうものか。
音夢の瞼はすぐに濡れて、自分の裾をギュッと掴んだ。
「違うの……」
彼女は焦りながら、助けを求めるような目を冬雪に向けた。
なのに冬雪はただ冷たく目を逸らした。
その時、梨乃が口を開いた。
「昨日冬雪が心愛にいくつかぬいぐるみを買ってくれたけど、心愛はうさぎが好きじゃないから、冬雪が持って帰ったの。
たぶん音夢ちゃんがちょうど同じものを買ったんじゃないかな」
それを聞いて、音夢の目には更に悲しみが溢れていた。
自分が宝物のように大事にしていたぬいぐるみは、他の子に捨てられたものだなんて。
しかし、それでも、あれは父に送られた、唯一のプレゼントだった。
音夢はやはり心を痛めて言った。
「それはパパがくれたもの……」
それを聞いた冬雪は眉を顰めた。
彼は音夢の顔から視線を逸らして、無慈悲に叱った。
「だとしたら?ただのぬいぐるみだし、手を出したほうが悪いんだ。さっさと謝れ」
そう言って、彼はまたすぐに美波の顔を見た。
「これがお前の育ててきた子供か?他の子に手を出して、反省もしないなんて。母として恥ずかしく思わないのか?」
美波の心も冷えてきた。何か言おうとしたところで、
裾がいきなり音夢に小さく引っ張られた。
涙目をしている彼女は、焦った声で言い出した。
「ママとは関係ない。ママは世界一優しいママだから!」
言い終わった瞬間、彼女はまた涙を含んだ目を上げて、美波ににこりと微笑んだ。
「大丈夫、ママ。ちゃんと謝るから」
だって、今日謝らないと、冬雪はそう簡単に諦めなさそうだから。
そうなったら、母も巻き込まれてしまう。
彼女は母を巻き込みたくなかったのだ。
そう言って、彼女は悲しみに満ちた目で冬雪を見て、頭を下げた。
「ごめんなさい、平野さん」
細くてガラスのような声が耳に入ってきて、美波の心はまるで何かに刺されたようにチクッと痛み出した。
彼女は音夢を見て、晴れない憂いが目の底から広がっていった。
「ごめんなさい、心愛ちゃん」
「ごめんなさい、緒方さん」
言い終わって、音夢は美波の手を取って、後ろに向いて帰ろうとした。
急に態度が変わった音夢を見て、先生はみんな驚いて、ぼんやりした。そしてうさぎのぬいぐるみを持って追いついてきた。
「音夢ちゃん、忘れ物よ」
音夢は足を止めて、そのうさぎのぬいぐるみに目を走らせた。
それから涙を流しながら、「もういらない」と言った。
美波は信じられないような顔で彼女を見た。
冬雪も呆然とドアの前に立ち尽くして、何も言わなかった。
ツーンとする感覚が美波の鼻の奥から伝わってきた。
冬雪、チャンスはあと二回だけよ。
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