夢に散る花、君にさよなら第3話
この話は約2153字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
スマホの画面を見つめていると、やはり心臓がキュッと締め付けられるように痛んだ。
思えば昔から、私と水輝が並んで立っても、どう見ても不釣り合いだった。
学生時代、水輝は学年トップの成績で生徒会長も務める、先生たちの期待を一身に背負った優等生。
一方の私は、成績はいつも真ん中くらいで、授業中も隠れて小説を読んでいるような、存在感の薄い地味な生徒だった。
社会に出てからも、水輝は3年で異例のスピード出世を果たし、若きエリートとして頭角を現した。
私はといえば、その水輝と同じ職場で淡々と事務作業をこなすだけの一般職。平穏無事な日々に満足しているような人間だった。
だから、私が水輝に一方的な想いを寄せていると知る同級生たちは皆、小夜花を「心優しい子」だともてはやした。
小夜花だって水輝のことが好きなのに、結音の気持ちを気遣って、あえて水輝の思いを受け入れずにいてくれているのだ、と。
そして裏では私のことを、「身の程知らずにもほどがある」と嘲笑っていたのだ。
私と水輝は、人前で親しい素振りを見せたことは一度もなかった。
それでも、周囲からいつも冷たい目を向けられる中、水輝だけはさりげなく私を庇ってくれていた。
ある時など、私を不良グループから守るために刃物で怪我を負ったことさえある。
騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけてくれて、ようやく私たちはその場から逃れることができた。
あの夜。水輝は泣き腫らした私の目を見つめ、こう言ってくれた。
「結音、これからはもう、夜道を一人で歩くなよ」
そのたった一言で、何年にもわたる私の片思いが、ついに報われたのだと思えた。
それから私たちは自然と付き合うようになり、誰にも内緒で婚姻届を出した。
これでようやく、私たちの物語はハッピーエンドを迎えられたのだと、私は信じて疑わなかった。
けれど、思いがけず小夜花がこの街に戻ってきた。
彼女は競合他社に入社すると、水輝が半年がかりで進めていた大型プロジェクトを横取りしてしまった。
そして「悪いことをしたから」と、その埋め合わせにいくつか大口の顧客を水輝に紹介してきたのだ。
そうして仕事のやり取りを口実に、二人はどんどん頻繁に連絡を取り合うようになった。
同級生たちの間でも、かつて結ばれなかった「ベストカップル」の再燃に、再び熱狂的な視線が注がれるようになった。
最初は、水輝も私を抱きしめながら優しく宥めてくれていた。
「あいつらが学生時代のノリで言ってるだけだろ。気にするなよ」
だが次第に、水輝の残業は深夜まで及ぶようになり、帰宅した彼の服からは、いつも見知らぬ香水の匂いが漂うようになった。
急にジムに通い始めたかと思えば、以前は見向きもしなかったような流行りのブランド服を何着も買い込んできたり。
水輝の車のダッシュボードには、いつの間にかイチゴ味のキャンディとドライマンゴーが常備されるようになった。
それは全部――小夜花の一番の好物だった。
中でも私に消えない深い傷を残したのは、3ヶ月前、私が流産した時のことだ。
心身ともにボロボロだったあの一番辛い時期、水輝はほとんど家に帰ってこず、電話すらろくに繋がらなかった。
後になって、彼が出張に行っていたこと、そしてそこに小夜花も同行していたことを知った。
そもそもそのプロジェクトは、水輝の役職ならわざわざ自ら現場に出向く必要などないものだったのに。
「帰ってきて、側にいてほしい」と泣きながら懇願する私に、水輝はとても優しい声でこう言った。
「分かってくれよ。このプロジェクトは俺にとって重要なんだ。それに小夜花は昔からの同級生だろ、助けられるなら助けてやりたいんだよ。
家事代行を頼んでおくから、家でおとなしく寝てなさい。体がよくなったら、結婚式を挙げような」
水輝はまるで何事もないかのように、いとも簡単に私を突き放したのだ。
それでも「結婚式」というその一言が、私の心に渦巻く疑念と不満に強引に蓋をさせた。
私は何も起きていないふりをして、水輝が小夜花をあからさまに特別扱いしているという事実からも目を背けた。
ウェディングドレスの写真を眺め、式場を調べ、いつかみんなの前で晴れて夫婦として認められる日を想像することで、自分を誤魔化し続けてきたのだ。
けれど今日になって、ようやく現実を直視する覚悟ができた。
私と水輝が「不釣り合い」だと言われる本当の理由は、周囲の冷ややかな目のせいなんかじゃなかった。
肝心なときにはいつも私以外を優先し、彼自身が残酷なまでに引いてきた明確な境界線――それこそが、二人の間にある埋められない壁だったのだ。
水輝の心の中で、私は決して「絶対に手放せない存在」なんかじゃない。
ましてや、「一番」でもなかったのだ。
……
水輝が家に帰ってきたのは、もう夕方に差し掛かる頃だった。
私からの冷ややかな視線に気づいたのか、水輝は無意識のうちに自分の手の甲を背中側へ隠した。
そして私の前に歩み寄り、目線を合わせるように身を屈める。
「昨日の夜、とっさに小夜花を庇ったときに割れたグラスで少し切っちゃっただけだよ。たいしたことないって。
あいつのSNSの投稿も、感傷的になって書いただけだから。他意はないんだ、変に勘繰るなよ」
私が身を引いて彼の手を避け、口を開こうとしたその時。
ガチャリと、玄関のドアが開く音がした。
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