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夜風に醒める心第1話

この話は約1950字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

山城彩花(やましろ あやか)と藤原翔真(ふじわら しょうま)が交際を始めて六年。ようやく結婚を控えた矢先、二十年前に行方不明になっていた妹・美月(みづき)が山城家に戻ってきた。

彩花は必死に埋め合わせをしようとしたが、美月はそれを受け入れず、逆に「嫉妬深い」と決めつけ、両親の愛情を横取りしたうえ、翔真にまで目を向けた。

気づけば周囲は皆、美月の肩を持っていた。翔真でさえも。

「美月ちゃんはこれから佐伯家に嫁ぐんだ。だからこそ、できる限り償ってやるべきだろう」

そう言い、翔真は彩花を置き去りにして美月のために動いた。

美月と並んで家族写真を撮り、彼女が欲しがった一点物のネックレスを買い与え、さらには彩花を人里離れた道路に置き去りにし、狼に襲われかける危険に晒された。

それでも翔真は、美月に負い目を抱き続けていた。

――そして迎えた結婚式当日。

翔真が知ったのは、佐伯家に嫁ぐ花嫁が美月ではなく、彩花だったという事実だった。

彼は狂ったように迎えの車列を止めに走ったが、彩花は一度も振り返ることなく、冷ややかに前を向いたまま去っていった。

* * *

豪奢な洋館の中、壁に反射する冷たい光が、山城彩花(やましろ あやか)の姿をまだらな影の中に沈めていた。

彼女は「嫁ぐ」と書かれた紙切れを強く握りしめ、指先の関節が白く浮き上がっている。

母の美佐子(みさこ)がそっと彼女の肩に手を置いた。

「彩花、こっちを引いたなら結婚の準備を始めなさい。一週間後には――」

言葉を遮るように、彩花は涙で赤くなった目を上げた。

「私はもう翔真と婚約してるのよ!どうしてくじ引きの結果一つで、佐伯家に嫁がなきゃならないの?」

母が答えるより先に、父の正一(しょういち)が険しい顔で前に出た。

「山城家と佐伯家の政略結婚は避けられん!お前の妹が見つかったばかりなんだ。あの子を遠くへ嫁がせるわけにはいかないだろう?

それに佐伯の御曹司は気分屋だ。あの子のように世間知らずでは、到底太刀打ちできん。お前が代わりに行くしかないんだ。

忘れたのか?二十年前、お前が妹を見失ったせいで、どれだけ大騒ぎになったと思っている。償う気持ちがあるなら、これがその機会だ!」

ひとつひとつの言葉が、重い鞭のように彩花の胸を打った。

娘であることに変わりはないのに、妹を庇うためなら、彼女を犠牲にするのは構わないというのか。

あの日、まだ六歳の自分に妹を守れるはずもなかった。

もし父が商談にかまけて、二人を遊園地に置き去りにしなければ、あんなことは起きなかったはずなのに――

けれど矛先はいつも彩花へと向けられ、彼女は罪悪感に縛られて生きてきた。

美佐子は追い打ちをかけるように告げる。

「彩花……翔真くんがあなたに冷たくなったこと、気づいているでしょう?それでも縋りつくつもりなの?」

鼻の奥が熱くなり、言葉が詰まる。

妹の美月(みづき)が家に戻ってからというもの、両親は彼女ばかりを気にかけた。

彩花も必死に償おうと、部屋いっぱいになるほどの宝石や服を惜しみなく贈り続けた。

だが美月は「見せつけるためだ」と敵意をむき出しにし、被害者ぶった芝居まで打っては両親の同情をさらっていった。

やがて両親の心は完全に妹の側に傾き、彩花は次第に孤立されていった。

唯一の救いは、幼なじみの藤原翔真(ふじわら しょうま)だけだった。彼だけはずっと自分を信じ、味方でいてくれる――そう思っていた。

けれど、いつからか翔真の口から頻繁に妹のことが出るようになった。

「お前の妹は本当に手がかかるよな。展覧会くらい自分で行けばいいのに。彩花は気が利くし、あの子より何倍も優しいよ」

口では愚痴を言いながらも、彼は喜んで美月のために動き、彩花を何度も置き去りにした。

沈黙を貫く彩花に、正一は苛立ちを募らせる。

広間を落ち着きなく歩き回り、何度もポケットからタバコを取り出してはしまった。彩花がいくら頼んでもやめなかったタバコを、美月のひと言であっさり断ったことを思い出し、胸の奥に苦い痛みが広がる。

やがて父は立ち止まり、冷え切った声で告げた。

「一千億を持たせてやる、それが嫁入り道具だ。ほかに望むものがあるなら言え。これ以上の譲歩はできん」

彩花は顔を上げ、感情の読めない瞳で父を見つめた。

その時、ポケットのスマホが震える。

画面には、美月からのメッセージ。添付されていたのは、指輪をはめた二人の手の写真。見間違えるはずがない――隣の手は翔真のものだった。

大きく息を吸い込み、彩花は涙を飲み込んだ。目に浮かんだのは、澄んだ氷のような決意。

「わかったわ、佐伯家に嫁ぐ。一千億は明日、私の口座に振り込んで。

……それと、翔真には絶対に知らせないで。嫁ぐのが私だって気づかれたくないの」

厳格な父の顔に、初めてほっとした笑みが浮かんだ。

「当然だ」

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