夏の花が咲く頃、君を待っていた第2話
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真希は上着を羽織り、庭の長椅子に横になった。
もう晩秋。空気は冷たく、夜になると気温がぐっと下がる。
冷たい風に身をすくめながら、彼女は上着をきゅっと掴んで体に巻きつけた。
口論になるたびに、泰明はいつもこうして彼女を罰する。表向きは「覚えさせるため」だと言っていたが、実際には彼女を辱める手段でしかなかった。
だが今の真希の心には、波風ひとつ立っていない。何年も彼に執着してきた自分は、一体何のためだったのか、ただぼんやりと考えていた。
うとうとし始めた頃、温かい手が彼女の服の中へと伸びてきた。
真希は驚いて目を開け、泰明の欲に満ちた視線とぶつかった。
彼の熱い吐息が顔にかかる。だが、不思議と彼女の心はとても静かだった。
もしこれが以前だったなら、彼女はきっと嬉しそうに応じ、彼の気に入るように尽くしただろう。だが今日は違う。彼に触れられることすら、嫌悪感が湧いた。
その違和感に気づいたのか、泰明は眉をひそめた。「どうした?」
彼女は彼の手を押しのけて、つまらなそうに答えた。「ちょっと、調子悪いだけ」
不機嫌そうな顔をした彼女を見て、泰明は苛立ちを隠せなかった。「まだ美琴のことで怒ってんのか?ちゃんと説明しただろ。今はただの友達だって。お前、ほんとに心狭いな」
彼の言い訳など聞く気もなく、真希は目を閉じて無視した。
まさか無視されるとは思わなかったのだろう。泰明の怒りが一気に噴き出した。「ほんとムカつくな。美琴の言う通りだよ。俺はお前に甘すぎた。こんな態度取るなら、二度と触らねぇよ」
激しいドアの閉まる音が響いた後、真希はゆっくりと目を開けた。
昔なら、彼の機嫌が少しでも悪くなったら、彼女はすぐに頭を下げて必死に許しを乞うた。
だが今は違う。彼女はもう、諦めることを決めていた。
翌朝。
目を覚ました真希は、以前のように父娘のために栄養バランスを考えた朝食を用意することはしなかった。
彼女は冷蔵庫からミルクを取り出し、のんびりと飲み始める。
離婚協議書にはすでに署名してある。あとはそれが正式に成立するのを待つだけ。
それを思うと、彼女の唇には自然と笑みが浮かんだ。
まさか、全てを手放すことで、こんなにも自由で気楽な気分になれるなんて。それに比べて、これまでの執着がどれほど滑稽だったことか。
Twitterには、美琴が5分ほどの動画を投稿していた。添えられたテキストには、こう書かれている。
【私が一番あなたを必要としてる時、あなたはいつもすぐに駆けつけてくれる。好きな人がそばにいてくれるって、ほんとに幸せ】
動画には、泰明がエプロンを着けて朝食を作っている姿が映っていた。まるで主夫のように、彼の顔には明るい笑みが浮かんでいる。
あんな姿、真希は一度も見たことがない。
彼はずっと、料理の匂いが嫌いだと言ってキッチンに近づこうともしなかった。真希には一度たりとも食事を作ってくれなかったのに、今では、あの美琴のために、楽しそうに台所に立っている。
真希は動画をちらっと見ただけで、スマホをソファに放り投げた。
泰明が、昨夜の自分の拒絶に対する仕返しなのか、それとも単に美琴との関係を急ぎたいのか、どちらでもいい。
もし彼が今すぐ離婚を切り出してきたら、真希は一秒も迷うことなく応じるだろう。
階段を下りてきた一花は、彼女に一瞥もくれずにダイニングへ向かう。だが、いつものような豪華な朝食がないことに気づくと、真希を睨みつけて怒鳴った。「サボるなんて、よくもまあ!さっさと朝ごはん作ってよ、お腹空いたんだけど」
真希は無表情で彼女を見つめ、心の中には波一つなかった。
娘の心の中で、自分は何の価値もない存在、家政婦以下なのだ。
そう思うと、彼女は皮肉な笑いがこみ上げてきた。「リンゴでも食べなさい。パンもある」
一花は一瞬固まった。こんなに冷たい態度の真希は、初めてだった。一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐにいつもの調子に戻る。
口元を歪めて嫌味な笑みを浮かべると、一花は悪巧みを思いついたように言った。「それ、あんたの仕事でしょ?毎日ダラダラしてさ、パパがいなかったら、今ごろあなたなんて路頭に迷ってるわよ?早くごはん作れなきゃ、パパに言いつけてやるからね」
彼女をじっと見つめた後、真希はもう何も言わず、無駄なやり取りをやめた。「秋葉のとこ行けば?ママになってほしいんでしょ」
一花を無視して、真希は寝室に入り、クローゼットを開けた。中には、かつて泰明が贈ってくれた服が並んでいる。
もっと正確に言えば、結婚して最初の数年間に贈られたものばかりだ。ここ最近はもう何一つ、買ってもらってはいない。
家計の管理もすべて彼が握っていて、彼女には食材を買うための小遣い程度しか与えられなかった。必要な時に金が足りないと頼めば、いつも無駄遣いだと責められた。
そのことを思い出すと、真希は滑稽ささえ感じた。
美琴には何十万円ものプレゼントを気前よく与える。彼女が数千円で買いたかったオーブンひとつでさえ、物欲が強いと非難されたのだ。
真希は無表情のまま服を整理して袋に詰め、階段を下りて外に出た。
ちょうどその時、バラの花束を抱えた泰明と鉢合わせた。
彼女はまるで彼が目に入っていないかのように、無言でゴミ箱に向かい、袋いっぱいの服を捨てた。
透明な袋の中身を見て、泰明はすぐにそれが自分の贈った服だと気づいた。
彼女に詰め寄るように言った。「どういうつもりだよ、それ全部俺があげた服だぞ!昨夜、美琴が急に熱出したって連絡が来たから行っただけで、お前……」
その言葉を遮るように、真希は冷たく言い放った。「もう全部小さくて、着られないの」
その目には冷ややかな光が宿っていて、顔からは感情が一切消えていた。その態度に、泰明の胸には妙な不安が静かに広がっていった。
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