囲われ者の身代わりを終えて第3話
この話は約2271字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
夜になり、ベッドに入った途端、蒼が体を寄せてきた。
彼の手が私の服の裾に潜り込んだ瞬間、私はそれを掴んだ。
「少し疲れてる」
私は彼に背を向け、吐き気を堪えながら言った。
私は知っている。この数年、彼が外で多くの女を囲ってきたことを。
そしてその女たちは皆、かつての私とどこか似ていた。顔が似ているか、性格が似ているか、声が似ているか……
分かっている。蒼はその女たちを愛していない。私のことも愛していない。彼が愛しているのは記憶の中の、明るく輝いて、彼のために全てを投げ出した白石澪だ。
蒼は不満そうに手を引いた。
「どうせあと二日で俺の妻になるんだ。今日は許してやる」
「うん」
私は短く返事をした。
静まり返った部屋で、彼は私の異変に気づかなかった。しばらく沈黙した後、体を起こした。
「急に思い出したが、会社でまだ用事がある。明日の午後二時に、俺が特注したウエディングドレスと靴がスタジオに届く」
少し間を置いて。
「明日は直接スタジオに来てくれ」
その口調には明らかな不満が滲み、以前のように、私から引き止めの言葉が出るのを待っているようだった。
だが私はもう引き止めない。
繋ぎ止められない人を、どれだけ引き止めても無駄だから。
蒼は服を着て、手がドアノブに掛かった時、私に呼び止められた。
「蒼、もしこの傷跡を消したいって言ったら、賛成してくれる?」
蒼は一秒固まり、その後喜んで頷いた。
「もちろん賛成だ」
自分の感情が高ぶりすぎたと気づいたのか、蒼は感情を抑え、私の前に膝をついた。
「ただお前にウエディングドレスを着た時、綺麗でいて欲しいだけだ」
彼の最も情熱的な眼差しを見て、私は笑いが込み上げてきた。
最初の頃、蒼が傷跡を見て流した涙は本物だった。
だが次第に、その涙には苛立ちと、不快と、うんざりした色が混じるようになった。
彼はこの傷跡を見る度に、抑圧されていた過去を思い出し、私に借りた恩を思い出す。
彼はずっと私にこの傷を消すよう勧めていたが、私はずっと同意しなかった。
だが私の拒否によって、私自身も次第に、彼の抑圧された過去の証明の一つになってしまったのだと気づかなかった。
ドアが閉まり、私の涙がもう堪えられずに零れ落ち、枕に染み込んだ。
翌朝早く、私は美容外科へ向かった。
向かう途中、心春からメッセージが届いた。
【白石さん、今日は私がスタジオで白石さんのウエディングドレスと靴を試着してもいいかしら?気にしませんよね?】
私の指先が震えたが、返事はせず、ただスクリーンショットを撮った。去る日に全てまとめて蒼への贈り物にするつもりだ。
手術台に横たわり、麻酔が針を通って体に流れ込む冷たさに、私は震えが止まらなかった。
「始めてください」
十八歳の蒼と私のことを思い浮かべながら、目を閉じた。
もし十八歳の蒼なら、今頃きっと心を痛めているだろう。
心の中でそう思った。
手術は順調だったが、痛かった。
だが綺麗になった肌を見て、私は笑った。
体にも心にも、これからは桐生蒼の痕跡など一切残らない。
手術を終えると、再び心春からメッセージが届いた。今度は写真が添付されていた。
写真には、蒼と彼女がタキシードとウエディングドレスを着て笑い合っていた。
眩しいほど似合っていた。
よく見なければ、十八歳の白石澪を見つけたのだと錯覚しそうだ。蒼がそう願ったように。
私は嘲笑うように口角を上げた。
午後二時半、約束通りスタジオに現れた。
蒼は制作中のスライドを見つめ、想像の中の幸せな生活に憧れを抱いた表情を浮かべていた。
私が入ってくると、嬉しそうに手を振り、傍らのウエディングドレスを手渡してきた。
「澪、早く試してみてくれ。このドレスのために一ヶ月半もデザインに費やして、海外の高級仕立て師に大金を払って作らせたんだ。お前が着たら絶対に綺麗だ!」
私は何気なくドレスを手に取り、心春がわざと裏地に開けた穴を見つけ、笑いながら蒼を見た。
「蒼、このドレス、裂け目があるわ。私の前に誰か着た人がいるんじゃない?」
私の言葉を聞いて、蒼の顔に一瞬動揺と後ろめたさが過った。
「まさか!
このドレスは澪のために特別にデザインしたものなんだ。世界に一着しかないんだよ。他の誰かに着せるわけがない」
彼の手は無意識に拳を握りしめていた。
後ろめたい事がある証拠だ。
「じゃあ、あっちのにするわ」
私は適当に指差し、トレーンのあるオフショルダーのデザインを選んだ。
蒼が眉を顰める。
「でも澪、お前は俺がデザインしたドレスだけを着たいって言ってただろ?」
「でもドレスが破れてるし……」
そう言って彼を見つめた。
「私が破れたドレスを着て結婚式に出るなんて、あなたも嫌でしょ?」
蒼は自分に非があると分かり、頷いて、私がドレスを変えることに同意するしかなかった。
オフショルダーのトレーンドレスに着替えて現れた時、蒼の目に一瞬驚嘆の色が過ぎた。
だがすぐに、それは残念そうな色に変わった。
いつからか分からないが、蒼の愛は枷に変わっていた。
彼は私が永遠に十八歳の白石澪のままでいることを望み、私が彼の言うことを聞き、彼が決めた通りに歩むことを求めた。
だが私はもう二十五歳だ。
蒼が近づき、褒めようとした時、視線が何気なく私の胸元に落ち、その場で固まった。
「お前……本当に傷を消したのか?」
彼の指が少し震え、そっと私の鎖骨に触れた。
私は頷き、満足そうに鏡の前で一回転し、何でもないような口調で言った。
「昨日あなたにも聞いたでしょ?
あなたもとても賛成してくれたわ」
その言葉が終わると同時に、蒼は思わず涙ぐんだ。
だが口を開けても、一言も言葉が出てこなかった。
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