囲われ者の身代わりを終えて第1話
この話は約2280字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
私の婚約者の桐生蒼(きりゅう あおい)は彼の別荘で一人の女を囲っていた。彼女の顔立ちは、私の若い頃とほぼ似ている。
彼は彼女に最高級の宝石を買い与え、プライベートジェットで世界中を旅させながらも、私の目に触れさせることだけは絶対にしなかった。
業界の人間なら誰もが知っている。私、白石澪(しらいし みお)が彼の最愛だということを。
私が飼っている猫にさえ四人のボディガードをつけた。ただ私が何気なく「迷子になったら怖い」と漏らしただけで。
だが今回、その愛人の夏川心春(なつかわ こはる)は彼の寵愛に甘えて、牙を剥いてきた。蒼との夜の営みの動画を、私たちの結婚式のスライドに仕込んだのだ。
「白石さん、私はただの愛人だって分かってます。でも桐生さんは私に会うために、あなたのビタミン剤を睡眠薬にすり替えたんですよ。
結婚式の準備をしていたこの数日間、桐生さんは薬の量を増やして、あなたを眠らせていました。私とベッドで愛し合うためだけに」
その瞬間、ようやく気づいた。かつて私のためなら星でも月でも掴んでみせると言った少年は、とっくに別人になっていたのだと。
涙を拭い、動画を消して、久しぶりにあの番号に電話をかけた。
「七日後、私の結婚式を葬式に変える。桐生蒼に二度と私を見つけられないように」
* * *
私の婚約者の桐生蒼(きりゅう あおい)は彼の別荘で一人の女を囲っていた。彼女の顔立ちは、私の若い頃とほぼ似ている。
彼は彼女に最高級の宝石を買い与え、プライベートジェットで世界中を旅させながらも、私の目に触れさせることだけは絶対にしなかった。
業界の人間なら誰もが知っている。私、白石澪(しらいし みお)が彼の最愛だということを。
私が飼っている猫にさえ四人のボディガードをつけた。ただ私が何気なく「迷子になったら怖い」と漏らしただけで。
だが今回、その愛人の夏川心春(なつかわ こはる)は彼の寵愛に甘えて、牙を剥いてきた。蒼との夜の営みの動画を、私たちの結婚式のスライドに仕込んだのだ。
「白石さん、私はただの愛人だって分かってます。でも桐生さんは私に会うために、あなたのビタミン剤を睡眠薬にすり替えたんですよ。
結婚式の準備をしていたこの数日間、桐生さんは薬の量を増やして、あなたを眠らせていました。私とベッドで愛し合うためだけに」
その瞬間、ようやく気づいた。かつて私のためなら星でも月でも掴んでみせると言った少年は、とっくに別人になっていたのだと。
涙を拭い、動画を消して、久しぶりにあの番号に電話をかけた。
「七日後、私の結婚式を葬式に変える。桐生蒼に二度と私を見つけられないように」
……
電話を切った次の瞬間、蒼が慌てて部屋のドアを開けた。
「澪、俺が何かしたか?どうしてお前のためにデザインしたドレスを売ったんだ?」
蒼は震える声で問いかけ、傷ついた表情で買い戻してきた何着かのドレスを差し出した。
だが私は答えず、ただ静かに彼を見つめた。
蒼は浮気をする度に、私のためにドレスをデザインする。
三日前の交際記念日にデザインした、まだ未完成のものを含めて、合計十二着。
私は小さく笑った。
かつて、これらのドレスを心から大切にしていた。
トップデザイナーである蒼が、愛を形にしてくれているのだと信じていた。
だが今になって分かった。これは全て、浮気への罪滅ぼしでしかなかったのだと。
「ちょっと古くさく感じたから」
私は平静を装った。だが蒼は眉間に皺を寄せたまま、私を抱き寄せた。
「澪、本当に何もないのか?」
私が首を横に振ると、蒼はようやく安堵の息を吐き、優しく囁いた。
「澪、安心しろ。世界がどう変わろうと、俺はずっと変わらずお前を愛し続ける」
その虚しい言葉を聞いて、私はただ口角を上げただけで、何も答えなかった。
蒼も話題を変え、エプロンを身につけると、いつものように私を深く愛する良き夫を演じ始めた。
だが最初の一品を作り始める前に、蒼の携帯が鳴った。
キッチンで忙しそうにしている彼を見て、わざと声を張った。
「蒼、電話よ」
「代わりに出てくれ」
彼は何の気なしに答える。
私は眉を上げ、「取引先」という登録名を確認してから通話ボタンを押した。
「桐生さん、いつ私に会いに来てくれるんですか?」
繋がった途端、甘ったるい声が電話口から響いてきた。
その瞬間、蒼がフライパンを持ったままキッチンから飛び出してきた。
自分の反応が過剰だったと気づいたのか、ばつが悪そうに笑った。
「仕事で何かトラブルかと思って」
取り繕う様子を見て、私は携帯を差し出し、何事もないように言った。
「今繋がったばかり。まだ相手は何も言ってないわ」
蒼は素早く携帯を受け取り、登録名を見た瞬間、さらに動揺した様子で電話を切った。
「澪、本当にまだ聞いてないよな?」
私は頷いた。
「仕事が忙しいなら、私は適当に済ませるから。仕事先に行ってきて」
この言葉は彼にとっては願ってもない言葉のようだった。
蒼は頷き、私を抱きしめた。
「スタジオでちょっと用事がある。すぐ戻るから、先に食べててくれ」
私は彼の嘘を暴かず、ただもう一度頷いた。
ドアが閉まった瞬間、雨が突然降り出した。
私の携帯にも新しいメッセージ通知が届いた。
【白石さん、もうすぐ結婚式なのに、桐生さんは私の一言であなたを置いて、大雨の中を私に会いに来るんですね】
この瞬間、私の心は完全に死んだ。
蒼の選択が、彼の今の心の答えを全て物語っていた。
立ち上がり、携帯の連絡先を開いてメッセージを編集し、送信した。
【七日後、偽装死をするわ。手伝って。死に方は考えてある】
七日後は私の結婚式であり、私が蒼の元を去ると決めた日だ。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)