団欒しても過去に戻れない第1話
この話は約1996字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
三井瑠火(みつい るか)は、自分を死ぬほど愛してくれた佐川幸祈(さがわ たつき)が、産後の静養中に浮気するなんて夢にも思わなかった。
子どもが目を開けて彼女に向かって笑ったのを見つけたとき、瑠火は胸いっぱいの期待を抱き、子どもを抱えながら、この喜びを幸祈と分かち合おうと会いに行った。
しかし馴染みのVIPルームに着き、ドアノブに手をかけた瞬間、中から親密で艶めいた声が聞こえてきた。
「幸祈さん、気持ちいい?」
「お尻をもう少し上げて」
* * *
三井瑠火(みつい るか)は、自分を死ぬほど愛してくれた彼が、産後の静養中に浮気するなんて夢にも思わなかった。
子どもが目を開けて彼女に向かって笑ったのを見つけたとき、瑠火は胸いっぱいの期待を抱き、子どもを抱えながら、この喜びを佐川幸祈(さがわ たつき)と分かち合おうと会いに行った。
しかし馴染みのVIPルームに着き、ドアノブに手をかけた瞬間、中から親密で艶めいた声が聞こえてきた。
「幸祈さん、気持ちいい?」
「お尻をもう少し上げて」
この聞き慣れた声に瑠火はその場で固まり、ドアノブに置いた手が小さく震えた。
幸祈はどうしてこんなことができるの?
私はまだ産後間もないというのに!
「幸祈、この女、悪くないだろ?もっといい子も紹介できるよ。夜に段取りしてやるから!」
聞き覚えのある男の声がした。
瑠火は目を見開いた。それが幸祈の親友の声だとすぐわかったからだ。
まさか彼らがこんな派手な遊び方をしていたとは?
「今夜は瑠火の世話をしなきゃいけないから行かないよ」
「あーあ、瑠火さんは産後なんだし、もうたくさんの人を付けてあるんだろ?毎日付きっきりなんていらないって。たまにはリラックスしろよ。
言っとくけど、今夜は新しい子たちが来るんだ。誰にも触られてないぞ。
幸祈は前から瑠火さんを愛しすぎなんだよ。全然遊びに出てこないし。瑠火さんが出産しなかったら、いつ外に出てくることやら」
瑠火は涙を目にため、口を押さえながら震えている。
彼女が腕の中の子どもを見ると、パチパチと瞬きをしながらとてもお利口に彼女を見つめている。
その次の瞬間、幸祈の低くかすれた声が耳に届いた。
「瑠火が眠ったら出るよ。あとは瑠火を家に連れて帰ったら、俺を探すなよ。俺が彼女と一緒になるため、どれだけ大変だったか、お前も分かってるだろ。
この人生で、妻として認めるのは彼女だけだ」
「はいはい、もうお前には敵わないよ」
瑠火は呆然としたまま、子どもを抱いて部屋に戻った。そして、ベッドに座り込んで、頭の中が真っ白になった。
子どもの声で、ようやく彼女の意識は少しずつ戻ってきた。
そして次の瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出した。
彼女と幸祈が一緒になるのは確かに容易ではなかった。
幸祈が告白してきたあの年、彼女と母はちょうどDV男の父から逃げ出したばかりだったが、暴力は終わらなかった。愚かな母も何度も父を信じてしまったのだ。
瑠火は幸祈が裕福で、周りに美しい女性が絶えないことを知っていた。
恋愛や結婚に怯えていた彼女は、彼の告白をきっぱりと断った。
しかし幸祈は諦めず、紳士的で決して迷惑をかけず、手助けも陰でそっと行うだけだった。
そんな日々が一年ほど続いた。
瑠火がそろそろ彼も諦めるだろうと思っていた頃、彼女の母が愚かにも住所を漏らし、酒に酔って狂った父が包丁を持って押しかけてきた。
彼女の母も異変に気づき、父に彼女を放してくれと懇願した。
だが、父が言うことなど聞くはずもない。
返って暴力をエスカレートさせるだけだった。
瑠火は必死に冷静を装いながら警察を呼び、それが父を激怒させた。
その瞬間、幸祈が現れ、彼女を守るために父と取っ組み合いになり、刺されてしまった。
幸い、警察が間に合って、父を連行した。張り詰めていた瑠火はついに泣き出した。
幸祈は汚れていない方の手でそっと彼女の顔に触れ、微笑みながら慰めた。
「俺がお前を守れないと思ってるんだろ?ほら、ちゃんと守れたんだろ」
その時、彼女は血まみれの幸祈を抱きしめ、彼とだけこの人生を歩んでいきたいと心の中で思った。
だが現実は、そんな彼女を無情に裏切った。
瑠火は涙を拭い、腕の中で自分の指を楽しそうにいじっている娘を見つめた。
彼女は身をかがめて愛らしい娘の額にそっとキスを落とした。
「いい子ね、ママと一緒にここを出ましょう」
彼女はスマホを取り出し、ある番号を押した。
「大村(おおむら)さん、離婚協議書を作ってください」
そのあとすぐ、以前オファーをくれた海外企業にメールを返信した。
瑠火はかなり前から海外の大企業数社からオファーを受け取っていたが、幸祈が彼女に離れてほしくないと言うので残っていたのだ。
離婚手続きに一ヶ月かかることは分かっていた。彼女は航空券を予約し、その一ヶ月のあいだに必要なことをすべて片づけるつもりでいた。
あの日の幸祈がもう存在しないのなら、彼女ももう愛さない。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)