命を捧げ、失った愛を弔う第3話
この話は約2916字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
その後、家の中はにわかに慌ただしくなった。
一方では結婚式の準備が進み、もう一方では美咲の授賞式の準備が進んでいる。
家族の顔に日に日に笑みが増えていく。けれど、それとは反対に、私の身体は少しずつ衰えている。
結婚式の前夜には、とうとう食事も喉を通らなくなった。
その夜、母は何でもないことのように言った。
「美月、美咲の披露宴には出なくていいんじゃない?あなたは身体が不自由なんだし、当日はばたばたするから、私たちもあなたの面倒までは見ていられないわ」
父もすぐに同調した。
「ちょうど海外から名医を紹介してもらった。明日、その先生に会いに行きな」
私が口を開こうとした瞬間、美咲がテーブルを叩く。
「お父さん、お母さん、変なこと言わないで!美月は私のお姉ちゃんなんだよ。私の結婚式に来ないなんて、そんなのおかしいでしょ……」
「もちろん行くわ」
私は彼女に向かって笑った。
「妹の結婚式だもの。姉が行かないなんて、そんなわけにはいかないでしょう」
母は不満げに私を見る。けれど私は気にせず、言葉を続ける。
「安心して。私は隅にいるだけで、どこにも行かないから。あなたたちに迷惑はかけないわ」
兄が冷たく鼻で笑った。
「お願いだから、おとなしくしてろ。また変なことを企んだら、ただじゃおかないから」
翌日、私は朝早くから一階で待っている。美咲は私を見るなり、皮肉っぽく笑った。
「知らない人が見たら、あんたが結婚するのかと思うでしょうね。ずいぶん張り切ってるじゃない」
私は微笑んだ。
「包帯を何重にも巻かなきゃいけないからね。早めに準備しておかないと間に合わないの」
それを聞いた彼女の目に、さらに得意げな色が浮かんだ。それから彼女は階段を下りてくると、私の胸元に名札を留めた。そこには、私が何者なのかはっきりと書かれている。
お手伝いさんが私の車椅子を押して披露宴会場に入ると、その場にいた全員の視線が一斉に私へ向けられる。
「白石さんにお姉さんがいたなんて。どうして今まで一度も話さなかったのかしら?」
「見ればわかるでしょう。あまりにも差がありすぎるもの」
私と蓮の関係を知っている招待客たちは、何度もため息をつきながら、ひどく気の毒そうな目で私を見ている。
私はそんな視線から目をそらし、約束どおり会場の隅でおとなしくしている。
すると突然、蓮がグラスを揺らしながら、こちらへ歩いてくる。
「自分から来るって言い張ったくせに、今さら人の噂話がつらいのか?」
私は腹立たしさのあまり、思わず笑ってしまった。けれど、もう言い返す気にもなれず、シャンパンを持ち上げて彼のグラスに軽く合わせる。
「新婚おめでとう、蓮」
すると蓮は怒りをあらわにし、私のグラスを乱暴に払いのけた。
「いつまでそんな嫌味ったらしい言い方を続けるつもりだ!?何度も、君と結婚するって言ってきただろう。どうして僕の言うこと信じてくれないんだ!」
彼は胸を激しく上下させながら、まるで傷ついたのは自分のほうだと言わんばかりに話を続ける。
「これ以上騒ぐなら、本当にこの結婚を本物にするぞ!」
そのとき、美咲が前に出てきて、彼の腕にぴたりとしがみつく。
「あなた、もうすぐ式が始まるわ」
その呼び方を聞いても、私の心は不思議なくらい何ひとつ揺れなかった。
かつて数えきれないほどの誓いをくれた男が、今では私のすべてを奪った女に永遠を誓っている姿を、披露宴会場の隅に座る私は、じっと見つめている。
「美咲、僕は永遠に君を愛する」
美咲は蓮に口づけを返しながら、こう言った。
「私も」
母は客席で涙を流しながら言った。
「美咲が私の実の娘だったらよかったのに」
兄は母の涙を拭い、自分も目を赤くしながら口を開く。
「何言ってるんだよ、母さん。美咲は母さんの娘で、俺の妹だ。俺たちみんなの誇りじゃないか」
誇り、ねえ。
私は小さく笑い、そのまま黙って背を向ける。
するとそのとき、美咲が大勢の前で私の名前を呼んできた。
「お姉ちゃん、お祝いの言葉とか言ってくれないの?」
私は車椅子のブレーキに手をかけ、ゆっくりと振り返った。そして、目の前のあまりにも完璧な新郎新婦を見つめながら、一語一語区切るように言った。
「お二人が、これからも、ずっと、幸せでいられますようにね」
会場には、奇妙な沈黙が落ちた。私の祝福があまりにもよそよそしかったからか、それとも私の格好があまりにも異様だったからかもしれない。
いずれにせよ、両親はひどく不機嫌だ。人がはけたあと、二人は振り向きざまに私を叱りつけた。
「お祝いの言葉ひとつまともに言えないの?恥をさらすこと以外に、あなたに何ができるっていうの?」
兄も鼻で笑いながら、私を乱暴に押した。
「美咲は本当に優しすぎるよ。お前みたいな場をしらけさせる奴を、よく結婚式に出席させたもんだ」
私はよろめき、そのまま床に倒れ込んだ。
兄は一瞬固まった。反射的に手を伸ばしかけたものの、今さら私を助け起こす気にはなれなかったのだろう。ただ倒れた車椅子だけを起こした。
私は残った力を振り絞り、少しずつ床を這って、どうにか車椅子に戻った。
私に何が言えるというのだろう。彼らの目には、私は何ひとつ美咲に及ばない存在だ。
祝福の言葉でさえ、間違いになってしまうのだ。
私は黙ったままその場を離れ、蹴られて壊れた車椅子を、最後の力で漕いで進める。
顔を上げた瞬間、少し離れた場所に蓮の姿が見えた。一秒ほど視線が合ったあと、彼はワイングラスを手にしたまま背を向け、何事も見なかったかのように去っていった。
その瞬間、私の中にかろうじて残っていた気力まで消えてしまった。
……
幽霊のように、ゆっくりと街をさまよう。ふと顔を上げると、無数のドローンが夜空に美咲の名前を描き出している。
皮肉なものだ。あれは、もともと私が考えた演出だ。まさか最後に、それが彼女のために使われることになるなんて。
家に帰ると、電話の着信音が鳴る。耳元には、美咲の嘲るような声が響く。
「もう耐えられなくなって逃げ出したの?本番はまだこれからなのに。
でも焦らなくていいわ。結婚式のあとには授賞式もあるもの。そこでもうひとつ、面白いものを見せてあげるね。
美月、あんたはもう一生、蓮さんと同じ場所に立つことなんてできないよ」
電話が、がちゃんと音を立てて床に落ちた。
それでも私は、拾い上げる力さえ残っていない。
電話の向こうの声は、だんだん苛立ちをにじませた口調で言った。
「もしもし?どうして何も言わないの?ねえ、返事しなさいよ。返事しないなら、これから医者なんて呼んでやらないから。今の家は、私の言うことがすべてなんだから!」
しばらく沈黙が続いたあと、彼女は腹立たしげに電話を切った。
そのとき、部屋の扉が静かに開く。黒いスーツを着た男が入ってきて、私の身体を支えて起こした。
「白石様、葬儀サービスのご予約でお間違いないでしょうか」
私は小さくうなずき、力の入らない指で、少し離れた場所にある紙箱を示す。
「私が死んだら、お葬式で……この中にあるものを、全部流してください」
その直後、私の手は力なく垂れ落ちた。
耳元で、男のため息が聞こえる。
「白石様、本当に……つらい人生でしたね。この先のことは、私にお任せください」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R57719- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。