君を忘れた日第3話
この話は約2358字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
スクリーンに映ったのは、美咲自身だった。
男の前にひざまずき、うつろな瞳で——何をしているかは、見れば分かる。
男の顔は映っていない。けれど遥香には分かった。雄介だ。
ざわめきが起こった。
「なんだこれは!こんなものをオークションに出すなんて、正気なのか?」
「見間違いでなければ、写真に写っているのはあの写真家の小早川美咲本人でしょう?売名行為?」
「アート作品にこういう内容のものがあるのは確かだけれど、これは……美的感覚が全くないわね!」
あちこちから議論の声が上がる中、美咲は真っ青になって首を振り続けた。
「違う……私が出したのはこの写真じゃない、本当に違うの……」
しかし誰も彼女の言葉に耳を貸そうとしない。
司会者は冷静を保ったまま、オークションを続けた。
「こちらの写真の開始価格は200万円となっております。より高い金額を提示される方はいらっしゃいますでしょうか?」
会場が静寂に包まれた。
数人の男たちの下品な笑い声だけが響いていた。
「200万でこんなもの?ネットにありふれたエロ写真じゃないか!」
「そうだな、写真はいらないが、この女が直接サービスしてくれるなら200万払ってもいいぞ」
「ははは!」
侮辱の声があちこちから飛び交い、美咲の顔から血の気が引いて、体がふらつき始めた。
その時――
「400万!」
雄介の冷たい声が響き、会場が一瞬で静まった。
誰もが信じられないという顔で雄介を見つめ、誰かが小声でささやいた。
「夏野さんがあの美咲をご存知なのか?」
「ああ、思い出した。あの子って、夏野さんの学生だったような……」
司会者も一瞬戸惑ったが、それでも丁寧に説明した。
「夏野様、私どものオークションの規定では、お一人様一点までとさせていただいております。途中で変更される場合は、先ほどの作品を諦めていただき、より高い金額を提示していただく必要がございます」
雄介は遥香の方を見たが、遥香は下を向いて何も言わなかった。
下にいる美咲は既に泣き出していた。
「先生、私のことは構わないでください。私が写真を間違えただけです、お気になさらないで……」
彼女の声はどんどん小さくなり、最後は泣き声に変わった。雄介は胸が締めつけられ、思わず口にした。
「分かった。4億でこの写真を買おう」
会場の人々が息を呑み、司会者もさらに確認した。「つまり夏野様は、奥様の写真を諦めるということでしょうか?」
雄介は改めて遥香を見たが、今度は遥香が立ち上がって去って行くのが見えた。
「遥香!」
雄介はようやく慌てて追いかけようとしたが、その時下から人々の叫び声が聞こえた。
「美咲が倒れました!」
雄介の足が止まった。
会場があっという間に騒然となり、遥香がオークション会場を出て行く最後の瞬間、司会者の声だけが聞こえてきた――
「おめでとうございます、夏野様。4億円で小早川美咲様の『夢』を落札されました!」
遥香は目を閉じ、ずっと我慢していた涙がこの瞬間ついに頬を伝った。
彼は結局、彼女を選んだのね……
……
それから数日間、遥香は雄介と口をきかなかった。
高価な宝石やブランドバッグをいくら買ってきても、珍しい贈り物を持ってきても、彼女は一度も振り向こうとしない。
遥香の誕生日の日まで。
雄介が必死に頼み込んで、彼女はようやく一緒に出かけることに同意した。
車は長い間走り続けて停車し、雄介は彼女の目を覆って車から降ろし、長い間歩いてからようやく口を開いた。
「いいよ遥香、目を開けて」
遥香が顔を上げると、彼らが港に来ていることに気づいた。
目の前には巨大なクルーザーが停泊していて、華やかにライトアップされ、船体には――
「遥香号」と書かれていた。
遥香が困惑した様子で雄介を見た。「これは……」
雄介は彼女の手を取った。
「これは君のために特別に造らせたクルーザーだ。君の名前をつけたんだ」
彼は静かに言った。
「遥香、数日前のオークションは本当にごめん。美咲は俺の学生で、君も支援している子でもある。本当にただ彼女を助けたかっただけで、他意はないんだ」
「写真についても彼女に聞いたが、誰かが嫉妬して作ったものだと言っていた。信じてくれないか?それに……」
彼は少し間を置いて、優しく言った。
「君は最初から『記憶』の写真をチャリティーに出したがっていたじゃないか。寄付が一つ増えるのも良いことじゃないか?」
遥香のまつげが微かに震えた。
「例えそうだとしても、俺の君への約束だから、一生手元に置いておきたい」
雄介のあの日の言葉がまだ耳に残っているようだったが、今は完全に違う言い分になっていた。
遥香は下を向いて、心の内を隠し、淡々と言った。「私たちの間に、そんなに説明は要らないわ」
だって私は……もうあなたを信じていないし、それにもうすぐこんな醜いことも忘れてしまうから。
雄介は遥香のこの言葉を自分を許してくれたのだと勘違いして、嬉しそうに彼女の手を引いた。
「行こう、船に上がって見てみよう!」
遥香がクルーザーに上がると、知っている人がほとんど全員集まっているのが見えた。
雄介は高さ3メートルもある巨大なケーキを用意して、みんなで彼女の誕生日を祝った。
クルーザーが出航し、空に花火が上がって、すべてが夢のように美しかった。
遥香でさえ一瞬幻想に陥った。
まるで彼ら二人がまだ一番愛し合っていた頃のような、甘美な時間。
雄介のスマホが震えるまでは。彼は下を向いてスマホを見た。
遥香がちらりと見ると、彼がメッセージを見ているのではなく、インスタを見ているのが分かった。
彼女は何かを察して自分のインスタを開くと、案の定美咲が写真を投稿したばかりだった。
写真の中で美咲は一人でテーブルに座り、暗闇の中にケーキと寂しげなろうそくが一本あって、キャプションには――
【生まれて23年目、また一人で誕生日を過ごしている】
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