君が織った、愛という名の嘘第3話
この話は約1956字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
悠の身体が一瞬で硬直した。
でも、背後の男は気づく様子もなく、一人で勝手に語り続ける。
「久しぶりだな、こうやって抱きしめるの。真雪……知らないだろ?この三年間、どれだけ辛かったか。毎日、愛してもいない顔を見て過ごすのが、どんなに苦痛だったか」
その一言一言が、悠の心に鋭く突き刺さる。
まるで刃物で刻まれるように、心が血まみれになっていく。
「でももう大丈夫。もうすぐ、君はまた俺のもとに戻ってくるから……見てくれよ、これ。三年間、俺が少しずつデザインして作った指輪なんだ。ずっと、君の指につける日を夢見てた」
そう言って啓介は、懐から小さな箱を取り出した。
まるで自慢するように、それを悠の目の前でパカッと開く。
中には、宝石がちりばめられたまばゆいばかりの指輪。
暗闇の中でも、まるで星のように輝いていた。
そして、悠の目はその指輪に刻まれた文字を捉える。
「K&M」
その瞬間、彼女の中で何かがぷつんと切れた。
胸の奥から、引き裂かれるような痛みが湧き上がる。
あまりの衝撃に、足元がふらつく。
彼女はこの指輪を、見たことがあった。
三年もの間、夜な夜な啓介がこのデザインを何度も何度も描き直していた姿を、隣でずっと見ていた。
そのたびに、胸をときめかせていた。
――この指輪は、きっと私のためのものなんだって。
けれど、プロポーズの日に差し出されたのは、既製品の指輪だった。
しかもサイズが合っていなかった。
それでも、悠は自分を納得させた。
「本番の式でちゃんと渡したいって思ってるんだよね」と。
でも、今――
もう、何一つ、自分を騙すことはできなかった。
――この指輪は、最初から自分のものじゃなかったんだ。
そう思った瞬間、悠の口元に苦い笑みが浮かぶ。
目の前の、あまりにも見慣れた顔を見つめながら、こみ上げる感情を押さえきれず、問いかけた。
「啓介……ちゃんと見て。今、目の前にいるのは誰?」
その一言で、啓介の酔いは一気に吹き飛んだ。
目を見開き、目の前に立つ青ざめた悠を見て、彼の動きが止まる。
視線が自然と、自分の手にある指輪の箱へと向かう。
そして、ハッとしたように顔をこわばらせる。
「ゆ、悠、さっきのはその……酔ってただけだ。だから、あれは本気じゃなくて……この指輪だって、君に渡そうと思ってたんだ」
焦ったようにまくしたてながら、何度も悠に口づけを落とし、無理やり指輪の箱を抱かせて――
そのまま、ふらついた足取りで部屋を出ていった。
去っていく彼の背中を、悠は無言で見送った。
ふと、自分の手のひらを見下ろすと、爪が食い込んでいたのか、すでに血がにじんでいた。
その血の痛みにも気づかず、悠はただ小さく、自嘲の笑みをこぼした。
――もう、いい。
その夜、悠はもう一度あの部屋には戻らず、一人でタクシーを拾って帰宅した。
それから数日間、啓介は家に戻ってこなかった。
でも悠の心は、もはや何の波も立たなかった。
静かに、留学の準備を始めた。
それと同時に、いらないものも片付けていく。
二人で撮った写真、ペアで買った服や歯ブラシコップ――
どれも、何の未練もなくゴミ袋に詰め込んだ。
そしてそれを、外のゴミ捨て場に運ぼうとしたとき――
タイミングを見計らったように、啓介が荷物を持って帰ってきた。
「……こんなに片付けて。全部捨てるのか?」
悠の周りに山のように積まれたゴミ袋を見て、啓介の顔にかすかな不安がよぎる。
そして、思わず口を開いた。
「うん、全部もう期限切れのゴミよ。捨て時だっただけ」
悠はあくまで淡々とそう言い、啓介がさらに何かを聞こうとした気配を察して、すかさず話題を変えた。
「……それより、どうして急に帰ってきたの?」
すると啓介は手に持っていた線香や供物を見せながら、少し眉をしかめた。
「忘れたのか?今日はお前の両親の命日だろ?俺、毎年お前と一緒にお墓参りしてるじゃないか」
その言葉に、悠の動きが止まる。
彼女が18歳のとき、両親と旅行に出かけた帰り道――
あの交通事故がすべてを変えた。
両親は、悠を庇って命を落とした。
その事実を知った啓介は、自ら両親を市内で最も良い墓地に改葬し、名のある僧侶に供養を依頼した。
毎年この日には、どんな予定もすべて断って、一緒に手を合わせに行ってくれた。
そんなことがあったからこそ。
悠は彼を、本気で信じてしまったのだ。
そのまま頷こうとした瞬間、啓介のスマホが鳴った。
受話器越しに、真雪の甘えた声がかすかに聞こえる。
啓介はちらりと悠を見て、表情に困った色を浮かべた。
悠はすぐに察して、先に口を開いた。
「行ってあげて。私は一人でも行けるから」
返事の代わりに、車のエンジン音が窓の外から遠ざかっていく。
悠はその音を聞きながら、ゆるく口元に笑みを浮かべた。
――皮肉なほど、静かな笑みだった。
そのあと、彼女は一人でタクシーに乗り、墓地へと向かった。
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