君が織った、愛という名の嘘第2話
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「何が『問題ありません』って。誰と電話してた?」
電話を切った瞬間、背後から穏やかな声が響いた。
次の瞬間、涼やかな香りのする上着が、そっと悠の肩にかけられる。
……啓介だった。
いつものように優しく、いつものように完璧な恋人のふりをして――
今日の会話を聞いていなければ、悠はきっとまたその優しさにすがっていたかもしれない。
「なんでもないよ……有希奈(ゆきな)に呼び出されて。ちょっと買い物でもって」
無理やり笑みを浮かべて、ありふれた嘘でごまかす。
啓介は特に疑う様子も見せず、黙って彼女の上着をもう一度整えた。
――そして、帰宅。
啓介がバスルームに入ってシャワーの音が響くと、悠は固く唇を噛み締めながら、ベッドサイドに置かれた彼のスマホに手を伸ばした。
啓介は、彼女にはまったく警戒心を持っていなかった。
だから、ロックも何もかけずに使わせていた。
画面を開いた瞬間、目に飛び込んできたのは――どうやって薬を盛り、人を使って自分を辱めるかを話し合うグループチャットが映っていた。
悠の心臓が、ぎゅっと握り潰されるような痛みに襲われた。
呼吸が浅くなり、指先が震え、必死にそれらのメッセージを自分の端末に転送する。
……そのとき、ふと目に入ったのがひとつの暗号フォルダだった。
Aphrodite――
ギリシャ神話の愛と美の女神の名前。
恐る恐るパスワード入力欄に「真雪」と打ち込むと、フォルダはあっさりと開いた。
そこには、数えきれないほどの真雪の写真が並んでいた。
その一枚一枚に、日付と甘ったるい愛の言葉が添えられていた。
三年前、啓介と出会ったあの日。
「真雪のためなら、嫌いな女に近づくことだってできる」
ナイフで刺された日。
「真雪、演技は成功。やっとあいつが付き合ってくれた。痛かったけど、君の望みなら嬉しいよ」
今日、プロポーズのパーティーの日。
「やっと99回目だよ、真雪。早く会いたい」
シャワーの水音が止まった。
現実に引き戻された悠は、慌ててスマホを元の場所に戻し、目を閉じて寝たふりをした。
啓介は何も気づかず、いつものようにベッドに入り、彼女を抱きしめようとした。
……けれど、悠はさりげなくその腕をかわした。
彼の寝息が静かに響く中、悠の唇から血がにじんでいた。
どれだけ歯を食いしばっても、目尻から流れる涙だけは止められなかった。
そして枕は、静かに濡れていった。
翌朝、目を覚ましたときには、啓介はすでに朝食を作り終えていた。
悠は重度の胃病を抱えており、食事を抜くとすぐに痛みが出る。
そのため、彼は慣れない料理を覚え、毎日朝ごはんを用意していた。
以前の彼女なら、それを「愛」の証だと思っていたかもしれない。
けれど今となっては――ただ、自分の愚かさを笑うしかなかった。
まさか啓介が、真雪のためにそこまでするとは思ってもいなかった。
スマホをいじりながら無邪気に笑う啓介を見て、悠はただ一つ感じた。
――このお粥、なんて苦い。
朝食のあと、啓介は「同窓会がある」と言い、悠を連れて出かけた。
個室のドアを開けた瞬間――
彼は何かを見て目を輝かせ、彼女の腰に回した腕を自然と緩めた。
悠も、すぐにその理由が分かった。
そこにいたのは、真雪だった。
名のとおり、白いワンピースを纏い、柳のようにしなやかなその姿は、まるで可憐な白い花のようだった。
彼女は笑顔で立ち上がり、啓介に熱烈なハグをしたかと思えば、両頬に軽くキスを落とした。
そのあと、悠を見て挑発的に微笑む。
「ごめんね。海外生活が長くてね、こっちの『挨拶』はつい慣れちゃってるの。気にしないでくれる?」
啓介の頬に残った濃い口紅の跡が、悠の目に鋭く突き刺さった。
両手は無意識に拳を握りしめていた。
それでも、悠は静かに微笑んだ。
「平気。気にしてないよ」
その後も、啓介はまるで何かを取り繕うように、彼女の皿に好きな料理を次々と取り分けた。
ただ、その視線だけは――
何度も、無意識のように真雪の方へと向けられていた。
真雪の好きな料理は、何故かいつも一番に彼女の前に置かれていく。
食事も半ばに差し掛かったころ、誰かが「ゲームでもしよう」と言い出した。
運悪く、最初に罰ゲームを引いたのは真雪だった。
皆が彼女のグラスにお酒を注ごうとしたそのとき――
啓介が手を伸ばし、酒杯を止めた。
「もういいよ。真雪の分は俺が飲む」
「さっすが啓介さん。昔から変わんないっすね……その、優しさが」
言いかけた男は、啓介に肘鉄をくらい、慌てて口をつぐむ。
その様子を見ても、悠は何も言わなかった。
むしろ、俯いたまま、ただ黙っていた。
その姿に、啓介は少しばかりの不安を覚えたのか、そっと耳元で囁く。
「悠、真雪は体が弱くて、酒には本当に弱いんだ……知ってるだろ、俺、元クラス委員長だったからさ。同級生を助けるのは当然なんだよ」
それが言い訳になっているとでも思っているのだろうか。
けれどその後も、真雪の不運は続いた。
ゲームで何度も罰を引き当て、そのたびに啓介が代わりに酒を飲み干していく。
やがて、彼の顔はほんのり赤くなり、少しずつ意識が朦朧としてきた頃――
誰かがふざけて声を上げた。
「啓介さん、『この人生で一番愛した人』って、まさかこの中にいるとか?」
「もちろん」
啓介は、何の迷いもなく答えた。
けれど、その視線は――真雪に釘付けのままだった。
その熱を帯びたまなざしに、真雪は頬を染め、視線を逸らす。
微笑むその様子は、まさに恋人同士そのもの。
……その光景に、悠の呼吸が止まる。
胸に、重たい何かがのしかかるような苦しさ。
席を立ち、適当な理由を口にして部屋を出た。
深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着け、戻ろうとしたその時――
背後から突然、腕が彼女の身体を引き寄せた。
酒の匂いを纏った男が、首筋に顔を埋める。
「真雪……会いたかったよ……」
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