君が白髪になるその日を待ち、愛が燃え尽きるまで第1話
この話は約2385字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
帝都では誰もが知っている――雨宮涼介(あまみや りょうすけ)が妻の雨宮澪(あまみや みお)を心の底から憎んでいることを。
結婚にしがみつく澪が煩わしく、束縛されることに嫌気が差していた。
だから涼介は、これまでに九十九回も離婚を切り出してきた。
そして迎えた百回目。今回も拒まれると思いきや、澪の声は氷のように冷たかった。
「分かった。離婚する」
* * *
帝都では誰もが知っている――雨宮涼介(あまみや りょうすけ)が妻の雨宮澪(あまみや みお)を心の底から憎んでいることを。
結婚にしがみつく澪が煩わしく、束縛されることに嫌気が差していた。
だから涼介は、これまでに九十九回も離婚を切り出してきた。
そして迎えた百回目。今回も拒まれると思いきや、澪の声は氷のように冷たかった。
「分かった。離婚する」
「本気なのか?」
「涼介、おめでとう!ついに自由の身だな!」
個室では数人の友人たちが冗談を飛ばしていた。目には驚きが浮かび、まだ信じられない様子だった。
そんな中、涼介自身も「離婚する」という言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ目を瞬かせた。
だが、それ以上に心に広がったのは解放感だった。
涼介は勢いよく腕を上げ、今夜の会計をすべて引き受けた。騒がしい空気の中、薄暗い照明の下で澪だけが背を向けて静かに立っており、その姿に思わず目を奪われた。
「さて、今度はどれくらいで泣きついてくるかな?」
「一週間?それとも二週間?」
笑いながら、彼は手元のチップを七日後にすべて賭けた。
「七日後、俺は琴音と式を挙げる。お前ら、ちゃんと祝ってくれよ」
友人たちはさらに盛り上がった。
澪はすでに個室を後にしていた。外の陽射しが眩しくて、ようやく深く息を吐いた。
涙をこらえるのに必死で、心はどこか麻痺していた。車に乗り込み、家路につく。
スマホには、涼介のプロポーズ動画がインスタで拡散されている通知が次々と届いていた。見てはいけないと分かっていながら、ふとした衝動で再生してしまった。
画面の中の南条琴音(なんじょう ことね)は高級ブランドのドレスを纏い、頬を染めながら突然のプロポーズに驚きと喜びを隠せずにいた。
澪は琴音のことをよく知っていた。
涼介のそばに一番長くいた琴音に、彼は三百六十平米の高級マンションを用意し、世界に一つだけのランゲの指輪を贈っていた。
涼介はよく話していた。琴音がどれほど我儘で、彼が何かをしようとすればすぐに子どものように拗ねて、強気な顔でこう言うのだと。
「雨宮涼介、私は愛人なんかじゃない!」
だからこそ、涼介は澪に離婚を求め続けた。
二人でゼロから築き上げた会社が成功したとき、涼介は夫という立場を利用して澪の事業をすべて奪った。澪は彼を憎みながらも、結婚にすがるしかなかった。
最初に離婚を迫られたのは、澪が難産で大量出血したときだった。ベッドサイドに立った涼介は、冷たく告げた。
「離婚に同意するなら、手術同意書にサインしてやる」
二度目は、澪が交通事故に遭ったとき。涼介はスマホ片手に言い放った。
「離婚に同意するなら、救急車を呼んでやる」
……
九十九回目は、澪が誘拐されて心臓を撃たれたときだった。電話越しの涼介の声は、やはり冷たかった。
「離婚に同意するなら、身代金を払ってやる」
そして百回目――澪は、もう限界だった。
プライドを捨てたくはなかったが、主治医の林紀行(はやし のりゆき)先生に告げられたのだ。澪の心臓はもう持たず、余命は七日。
澪は薄暗い別荘へと向かった。絶望に心を覆われ、涙すら流せなかった。
そもそも、最初に涼介に想いを寄せ、積極的にアプローチしたのは澪のほうだった。
雨宮涼介は帝都で名を馳せる御曹司で、人と距離を置くタイプだった。幼い頃から彼の後をついて回るのが好きだった澪にとって、冷たい態度は日常だった。
けれどそんな彼が、燃えさかる火災の中を何度も往復し、命がけで澪を助けてくれた。
火災で両親を亡くした澪は、長く言葉を失っていた。
涼介は根気強く言葉の練習に付き合い、澪の訛りを笑う者がいれば真っ先に飛び出して殴り、肋骨を三本も折ったこともあった。
夜が怖いと泣けば、昔話をしながら朝まで側にいてくれた。
澪は、本当に愛されていると信じていた。
だからこそ、どこにでもあるような素朴な指輪でのプロポーズにも、迷わず頷いたのだ。
だが結婚後、気づけば実家の事業はすべて乗っ取られていた。問い詰めようとオフィスの扉を開けたとき、
目に飛び込んできたのは――琴音を抱きしめ、キスする涼介の姿だった。
視界が真っ白になり、雷に打たれたような衝撃が走った。
「澪、見てしまったのか」
「俺と離婚してくれ。琴音にはちゃんとした立場が必要なんだ」
胸が締めつけられるような痛みに襲われた。なぜ、と問いかけた澪に向けられたのは、冷酷な眼差しだった。
「本気で俺がお前を愛していたと思ってるのか?澪、お前の母親が昔、俺の母を死に追いやった。あのとき母も、今のお前のように絶望していたんだろうな」
その言葉で澪は悟った。
涼介は、十年もの間、自分を憎み続けていたのだ。
だから澪は、自分の最後の砦を何としても守ろうとした。離婚だけはしたくなかった。
プライドを捨てたくなかった。
でも、もうすぐ死ぬ。自分でも惨めだと思った。
彼女は頑固な性格で、誰にも醜い姿を見せたくなかった。死に際でさえも……
涼介には、自分の亡骸を見せたくなかった。
どれだけ時間が経ったのか分からない。澪はふと夢から目覚めた。夢の中で、涼介は優しく澪を抱きしめ、赤いバラが世界を覆っていた。
彼は静かに祈りを捧げ、優しい眼差しで言った。
「澪、俺たちはずっと一緒にいよう」
けれど目を開けると、そこには暗闇しか残っていなかった。
澪のスマホには、涼介が突然インスタに投稿した写真が表示されていた。
一筋の血痕、皺の寄ったシーツ。
キャプション――【ついに人生で最も愛しい人を手に入れた】
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)