和紙文口紅が暴いた、夫と義母の一年間の嘘 · 第2話設定≡

口紅が暴いた、夫と義母の一年間の嘘第2話

この話は約1746字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

奏士の母がキッチンから顔を出した。

私を見るなり、満面の笑みを浮かべた。

「まあ、美桜さんも来たの?奏士がポタージュを作ってくれたのよ。ちょうどいいわ、あとで一緒に飲みましょう」

足が止まった。

家ではキッチンに立とうともしない人が、母の家ではポタージュを作るの?

黙って部屋へ入ると、奏士の母は嬉しそうに話し続けた。

「最近はしょっちゅう顔を見せてくれるの。料理を作ったり、一緒に食事をしたり。本当に優しい息子だわ」

私は努めて穏やかに尋ねた。

「具合はどうですか?」

「もうずいぶん楽よ。奏士が来てくれると安心して、痛みもすぐ引くの」

あまりに自然な口ぶりに、疑っている私のほうがおかしい気がしてきた。

ただ息子に会いたかっただけなのかもしれない。

考えすぎだったのだろうか。

奏士の母に勧められてソファに腰を下ろし、何げなくローテーブルに目を向けた。

テーブルの中央に、ボウルが一つ置かれていた。

底にはわずかにポタージュが残り、縁には薄い口紅の跡がついていた。

奏士の母の顔を見た。

その日は口紅を塗っていなかった。

「お義母さん、誰か来ていたんですか?」

さりげなく尋ねると、奏士の母は一瞬、表情をこわばらせた。

代わりに奏士が答えた。

「ああ、近所の人だよ。たまたまポタージュができたところに来たから、一皿出したんだ」

私はうなずき、それ以上は追及しなかった。

しばらくして、奏士が何でもないことのように言った。

「美桜も来たことだし、俺は会社へ戻るよ。急ぎの仕事が入った」

「運転、気をつけてね」

立ち上がった彼に、そう声をかけた。

私はゆっくりとポタージュを飲み終えた。

奏士の母がため息をついた。

「今日は結婚記念日なんだって?でも、奏士を責めないであげてね。男は仕事が大事だもの。一度くらい予定が流れたって仕方ないでしょう。私はもう平気だから、美桜さんも早く帰ったら?」

「そうします。お大事に」

バッグを持ち、マンションを出た。

ふと、レストランの予約をまだ取り消していないことに気づいた。

店の番号を表示し、そのまま電話をかけた。

「今夜7時に予約している朝倉です。予約を取り消したいのですが」

「朝倉様……」

電話口のスタッフが、わずかに言いよどんだ。

「そのお席でしたら、すでにお連れ様がお見えになっています」

「え?」

全身から血の気が引いた。

「朝倉様のお名前とお電話番号で、先ほどお二人がお越しになりました。男性と女性のお客様です」

男と女。

あの店を予約したことを知っているのは奏士だけだ。

会社で急用ができたと言いながら、別の女と私が予約した店で食事をしていたのだ。

手が震えた。

電話を切ると、すぐに車を呼んだ。

車の中で、私はスマホを握りしめていた。爪が手のひらに食い込む痛みなど、胸の痛みに比べれば何でもなかった。

付き合って2年目の頃、深夜に急性胃腸炎を起こしたことがある。

奏士の家から私の部屋までは、車でも40分ほどかかった。それでも電話を受けると、彼は何も言わず駆けつけてくれた。

あとになって、タクシーを捕まえるため大通りまで走り、運転手に何度も先を急いでくれと頼んでいたことを知った。

プロポーズの日、奏士はかすれた声で誓った。

「美桜、一生つらい思いはさせない。必ず幸せな家庭を築く。ずっと愛するし、絶対に裏切らない。俺にとって、何より大切なのは美桜だ」

絶対に裏切らない。

何より大切。

あのとき、それほど強く言い切ったから。彼も一生、この誓いを守るのだと思っていた。

いつから、すべてが変わってしまったのだろう。

「お客さん、着きましたよ」

運転手の声に顔を上げた。

店へ入ると、窓際に座る二人がすぐ目に入った。

こちらに背を向けていたのは奏士だった。向かいに座る女は、隙のない化粧を施し、目を細めて彼に笑いかけていた。

近づくほど、二人の声がはっきり聞こえてきた。

「やっぱり、奏士くんのポタージュがいちばん好き。朝作ってくれたかぼちゃのポタージュ、また飲みたくなっちゃった」

手足の先まで、一瞬で冷たくなった。

私が体調を崩したとき、温かい飲み物を一杯頼んでも面倒がった人なのに。

今日、奏士の母の家で口にしたあのポタージュは、この女のために奏士が作ったものだった。

彼が頻繁に母の家へ通っていたのは、親孝行のためではなかった。

この女に会うためだったのだ。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)