危篤の祖母より、後輩女医を選ぶ夫第1話
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私の夫、鷹司勝己(たかつかさ かつみ)は、私の祖母の明松一美(あけまつ かずみ)に女手ひとつで育てられた。
その祖母が心臓発作で倒れたとき、私、鷹司理和(たかつかさ りわ)は真っ先に夫へ電話をかけた。市内随一の心臓外科医は、ほかならぬ勝己だったからだ。
けれど勝己は、病院に赴任したばかりの後輩、空知亜実(そらち あみ)といちゃつくことに夢中で、一本の電話にすら気づきもしなかった。
祖母は、一向に現れない勝己を待ち続けた。そして最期まで、自分を死の淵へ追いやったのが、手塩にかけて育てた勝己だとは信じられないというように目を見開いていた。
息を引き取る間際、祖母は全財産を私に遺し、ただひとこと「あの人とは別れて、これからは自分の人生を生きなさい」と言い残して、静かに目を閉じた。
私は、祖母の遺言どおりに勝己と離婚した。
そして真実を知った勝己は、まるで人が変わったように、狂気の淵へと堕ちていった……
* * *
祖母が突然の心臓発作で病院に運び込まれた。しかも、執刀できるのは市内随一の心臓外科医である私の夫、勝己しかいなかった。
私は気が急くあまり、勝己の勤める病院へと駆けつけ、そのまま医局へ飛び込んだ。
手術をお願いしようと思ったのに、目に飛び込んできたのは、病院に赴任したばかりの後輩である亜実と、親しげに顔を寄せ合って話す勝己の姿だった。
割って入った私に、勝己は露骨に苛立ちを見せた。
「理和、俺と亜実は同じ医局のただの先輩後輩だって何度も言っただろ。いい加減、大人になれよ。それを、わざわざ病院まで押しかけて、おばあちゃんが死にかけてるなんて嘘をつくとはな」
隣に立つ、同じく白衣姿の亜実も、いかにも無垢な顔で私を見つめてきた。
「そうですよ、理和さん。おばあ様に本当に何かあったなら、この病院には先生方がたくさんいらっしゃるじゃないですか。わざわざ忙しい先輩を呼び出さなくても……私と先輩が親しくしてるのが妬ましいのは分かりますけど、こんな嘘までついて先輩を騙そうとするのはさすがにどうかと思います」
その言葉に、勝己の顔つきはますます険しくなった。
私は慌てて言葉を継いだ。
「違うの、本当に容体が急変して……このオペができるのは、この病院であなただけだって……」
「なら、死なせておけばいい」
耳を疑った。だが勝己の顔には、微塵の躊躇いもなかった。
「理和、いい加減その卑しい嫉妬と心の狭さをどうにかしろ。もう俺に構うな」
そう言い放つと、勝己はくるりと身を翻し、亜実に向けては打って変わって甘い声を出した。
「行こうか。今日は君の初めての執刀だ。俺がついていてやる」
あまりの温度差に、心が凍りつくようだった。だが今はそれどころではない。屈辱を呑み込んで、私は必死に勝己の前に立ちはだかった。
「勝己、本当なのよ!おばあちゃんの容体は本当に危ないの。あなたが行かなかったら、絶対に後悔するわ!」
勝己は苛立たしげに私の腕を振り払い、冷たく吐き捨てた。
「お前のおばあちゃんだろ。俺のじゃない。何かあったとしても、毎日縁起でもないことばかり言っているお前のせいだろ」
勝己はもっともらしい口調で続けた。
「それに俺は医者だ。俺にとって患者はみんな平等なんだよ。お前のおばあちゃんが手術が必要だからといって、ほかの患者は後回しにしていいのか?」
その拍子に私は床に倒れ込んだ。尾てい骨に鈍い痛みが走る。並んで去っていくふたりの背中を見つめながら、悔しさのあまり涙が溢れた。
「勝己!おばあちゃんは、あなたをずっと育ててくれた人なんだよ!」
心臓の手術と、ただの虫垂炎の手術が、同じであるはずがないのに。
勝己は足を止め、刃物のように鋭い視線だけをよこした。
「次にそんな嘘をついたら、夫婦の縁を完全に切るからな」
言い捨てて、振り返りもせず去っていく。傍らの亜実だけが、勝ち誇ったような笑みを私に向けてきた。
激痛を堪えて立ち上がり、まだ最後の望みを捨てきれずにいたとき、祖母の主治医から電話が入った。
「理和さん、鷹司先生とは連絡が取れましたか?おばあ様の容体が急変し、危篤状態に陥っています。今すぐ戻って、必要な書類にサインをお願いします」
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