危篤の息子より、夫は彼女を優先しました第2話
この話は約2127字。当サイトで読める2話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第3話からは公式アプリで読めます。
「自分の実の息子を口実にしてまでこんなこと言うなんて......あなた、心ってものがないのか?」
そう言って、怜奈は私を指さして責める。
「悠馬は医者として、患者を第一に考えているの。家族ならそれを応援するべきじゃない?」
私は耐え切れず彼女を強く押し返した。
「黙って!これは私たちの家の問題よ!あなたに口を出す資格なんてあるわけないでしょ!
悠馬、お願い、今すぐ一緒に......!」
私が言い終わる前に、悠馬が私の痛む腕を掴み、乱暴に振り払った。そして、怜奈を大切そうにかばいながら、鋭く言い放つ。
「千影、病気なら治してこい。
もう二度と息子を呪うようなことを口にするな。俺を本気で怒らせるなよ......今すぐ消えろ。
怜奈、怖い思いをさせて悪かった」
悠馬はそう言い残し、また診察室のドアをバタンと閉じた。廊下の冷気が身に染みて、全身がぞくぞくと震えるのがわかる。
―私たち、結婚して十年になる。なのに......私じゃ、あの白川怜奈には敵わないのか。
悠馬と怜奈は、大学時代に四年間付き合っていた。結婚寸前だったが、悠馬の事業が失敗したのを機に、怜奈は彼を捨てて国外へ出ていったのだ。
失意の悠馬が代わりに選んだのが、私だった。
「過去の彼女とは縁を切る」と結婚時に誓ったはずが......その「過去を捨てる」という約束も、怜奈が彼を見放している間だけのこと。
彼女がほんの少し手招きでもすれば、悠馬は尻尾を振ってすぐにすり寄ってしまうのだ。
彼女が帰国してからというもの、悠馬は頻繁に無断で怜奈のところに行き、小さな怪我の処置をしては、家族に対して嫌気がさしたような態度を見せるようになった。
私は彼がどうしても怜奈のもとへ行きたいなら、そうすればいいと思った。けれど、彼は毎回逆上し、まるで私が息子を捨てて逃げ出そうとしている裏切り者かのように振る舞った。
悠馬が手術をしないのなら、もうこの状況を打破するために、第二病院の院長に頼むしかない!
私は震える手をぎゅっと握りしめ、急いで息子のために転院手続きを整えた。しかし、ようやく準備が整ったというのに、救急車のドライバーが見つからない。
焦りながら周囲に助けを求めたけれど、誰も返事をしてくれない。
途方に暮れていた私の耳元で、新人のナースがそっと囁いた。
「外科の......九条先生に聞いてみてはどうでしょうか」
九条先生?―九条悠馬!
私は震える手で悠馬に電話をかけた。
「悠馬、あなた......ドライバーをどこかに行かせたんじゃないでしょうね?」
悠馬は冷たく答えた。
「親戚を送りたいなら、まず怜奈に謝れ。
お前の無理な騒ぎ方で、さっき怜奈を泣かせたんだからさ」
息子の命を救う時間がどんどん過ぎていくのに、悠馬は怜奈の涙二粒のために邪魔をしているのだという現実に、胸が締め付けられる。
「悠馬......まさか勇太を見殺しにしなきゃ気が済まないの?」
私の必死な悲痛の声に、悠馬は一瞬だけためらったように見えた。
しかし、すぐに怜奈のすすり泣きがその気持ちを引き戻したらしい。彼の冷たい声が聞こえてくる。
「千影、もうその下手な芝居で俺を不快にするのはやめろ。
あと1分やる。謝らないなら、ドライバーは帰らせる」
「やめて!」私は思わず声を上げ、嗚咽がこぼれた。「謝る......ごめんなさい。私が悪かった、すべて私のせいです。だから、悠馬、どうかお願いだから、息子を助けて......!」
彼は怜奈に何か確認した後、ふんと鼻で笑い、「その芝居が気に入ったのか?」と吐き捨てると、電話を切った。
転院の途中、息子の顔色がどんどん悪くなっていくのが分かる。私は何度もドライバーに「急いで」と叫んだ。
第二病院まであと500メートルというところで、息子が突然目を開けた。小さな体は震えに震えているのに、必死に首を上げ、辺りを探しているようだった。
「ママ、どうしてパパは来てくれないの?僕が悪い子だから、もう嫌いになっちゃったの?」
「そんなことないわ、パパは忙しいの......もうすぐ病院に着くから、たくさんの先生が来てくれるわよ」
「お母さん、うそつきだ。パパ、また白川さんのところに行ってるんでしょ?」息子はかすれた声で確信を込めて言うと、その目から光が消えていった。
「ごめんね、お母さん......もう守ってあげられないよ。ぼくが死んだら、またぼくみたいな赤ちゃん産んでね。代わりにそばにいてあげて、ぼくお母さんを一人にしたくないんだ。
うぅ......お願い、もうパパのことなんて考えないで!あんな人、大嫌い!もう、パパなんて要らない!」
そう言った瞬間、息子は口から真っ赤な血を吐き出し、その目がぼんやりとした光に包まれた。
「ココ...... ココはどこ?会いたいよ」
ココは息子のかわいいペットの犬だ。その体はまだ、あのラーメン店の中に残っている。
喉の奥の苦しさを必死で飲み込んで、私は息子をなだめた。「すぐココに会えるわ、約束よ」
「うん......ママ、ぼくママが一番好き」
最後にそう言って、息子は小さな首をがくりと垂れ、力尽きたように、短い一生の最後の息を飲み込んだ。
「勇太!」
悲しみに震える私の叫びが響く中、救急車が病院の入口に停まった。
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