千個目の願いは、あなたの幸せ第3話
この話は約1432字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
涼介は急に私を突き飛ばした。
私は力を振り絞って立ち上がり、外へ向かった。涼介が朝陽を抱き上げ、愛梨が慌てて車の鍵を取りに行くのが見えた。
反射的に手を伸ばして手伝おうとしたが、涼介に払いのけられた。
彼の苛立った声が耳元で弾けた。
「小夜、頼むからおとなしくしててくれ、これ以上邪魔しないでくれないか?」
私はよろけて後ずさり、テーブルにぶつかってラーメンをひっくり返した。
玄関の扉がバタンと閉まった。
私はうなだれた。
体にはラーメンの汁が飛び散っていた。
この3年の結婚生活そのままの、みじめな姿だった。
涼介の言う通りだ。私はただ邪魔をするだけの存在だ。
むしろ、世話をされるべき側の人間なのだろう。
まともな妻でもなければ、良い母親でもない。
私にふさわしくない場所なら、もっとふさわしい人に譲るべきだ。
私は服を着替え、自分のものを整理し終えた。
ポケットの中の御守りに触れて、朝陽の誕生日プレゼントをまだ渡していないことを思い出した。
先月、愛梨が電話でさりげなく口にしていた。
朝陽が、隣の席の子のママが編んでくれた御守りを羨ましがっていたという話を、私は心に留めていた。
その日から何度も夜通し作業をして、指に水ぶくれを2つも作り、ようやく、この御守りを編み上げた。
朝陽がそれを見て驚く姿を想像すると、心にほんの少し温かさが灯った。
私は御守りを懐に忍ばせ、急いで病院へ向かった。
看護師は、朝陽の病室が最上階にあると教えてくれた。
エレベーターを降りたところで、角の向こうから愛梨の泣き声混じりの声が聞こえてきた。
「涼介、私のお腹の子は産めないわ。小夜に知られたら、きっと彼女、おかしくなっちゃう」
私は思わず足を止めた。
愛梨の声はまだ続いていた。
「小夜の出産予定日にホテルへ行かなければ、小夜だってショックで産後鬱になんてならなかった……」
涼介は中絶同意書を引き裂き、彼女を壁に押し付けた。
「この3年間、俺たちはもう十分小夜に償ってきた!もううんざりなんだ。
愛梨、俺はお前を愛してる。子供を産んでくれ、俺が育てる」
頭の中で轟音が鳴り響いた。
出産予定日のあの日、私のスマホに涼介からホテルの予約メッセージが届いた。
私は狂ったようにそこへ駆けつけ、ホテル中をひっくり返して探したが、あの女の痕跡は見つからなかった。
それ以来、私はどんどん神経質になっていった。
そんな私に駆けつけてくれたのは愛梨だった。涼介を私の前で3日3晩も跪かせ、さらに私のそばに付き添って、幾晩も一緒に耐え抜いてくれた。
私は泣きながら、愛梨のような良い親友がいてよかったと言った。
けれど、愛梨の目の奥には、当時の私には理解できなかった感情が一瞬よぎっていた。
あの感情の正体は、後ろめたさで、罪悪感で――
そして、憐れみだった。
私は全身を震わせ、駆け出して2人を問い詰めようとしたが、背後から誰かに強く引っ張られ、私はよろけて地面に倒れ込んだ。
朝陽の小さな手が必死に私の口を塞ぎ、その声は小さく、それでいて切迫していた。
「ごめんね、おばさん。でも、ママが言ってたんだ。ママのたった1つの願いは、僕に妹を産んであげることだって。
ママの願いを、おばさんに壊させるわけにはいかないんだ!」
全身の激痛に、私は意識が遠くなっていくのを感じた。
ただ、涼介が愛梨の唇に深く口づけるのを、なすすべもなく見ているしかなかった。
熱く、深く。
視界に映る光が涙を透過して、少しずつ滲んでいった。
再び目を開けた時、私は病室のベッドに横たわっていた。
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