初恋を救うため、最後の腎臓を奪った裁判官の夫第1話
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あの人は、裁判官という立場を利用して、私の腎臓を「彼女」に与える判決を勝手に下した。
——尿毒症に苦しむ、かつての恋人・東雲紗良(しののめさら)。
「お願い……私はもう腎不全で、一つでも摘出されたら命はないの……!」
そう訴えた私に、夫は目を歪め、怒鳴り返した。
「紗良がここまで重症なのに、まだ嫉妬してるのか!?お前には心ってもんがないのか!」
そして、私の意思とは裏腹に、手術は強行された。
病院の薄暗い手術室で、私の腎臓は無造作に「移植用」として取り出された。
その数日後——腎不全は急速に悪化し、私は誰にも気づかれぬまま、人気のない病院の片隅で、ひっそりと息を引き取った。
* * *
あの人は、裁判官という立場を利用して、私の腎臓を「彼女」に与える判決を勝手に下した。
——尿毒症に苦しむ、かつての恋人・東雲紗良(しののめさら)。
「お願い……私はもう腎不全で、一つでも摘出されたら命はないの……!」
そう訴えた私に、夫は目を歪め、怒鳴り返した。
「紗良がここまで重症なのに、まだ嫉妬してるのか!?お前には心ってもんがないのか!」
そして、私の意思とは裏腹に、手術は強行された。
病院の薄暗い手術室で、私の腎臓は無造作に「移植用」として取り出された。
その数日後——腎不全は急速に悪化し、私は誰にも気づかれぬまま、人気のない病院の片隅で、ひっそりと息を引き取った。
……
私が冷たい手術台の上に横たわり、絶望の中で死を待っていたその時——霧島律真(きりしまりつま)は、東雲紗良の病室の前で彼女の無事を祈っていた。
無数の管が全身に繋がれ、機械の無機質な音がまるで死神の足音のように迫ってくる。「……ああ、そろそろだ」
心電図が一本の線になりかけたその瞬間、向こうの手術室では紗良のオペ成功の知らせが響き、手術中ランプが静かに消え、私はそのまま二度と目を開けることはなかった。
——それほど未練が強かったのか。
私の魂は肉体を離れ、そのまま律真のそばへと彷徨っていた。
彼は奇跡的に一命を取り留めた紗良を腕に抱きしめ、目を赤くしながら震えていた。その姿を見た私は、心の奥底まで沈み込んでいった。
問いかけたい。
私と紗良が同時に手術室に運ばれたあの瞬間、律真は一度でも、私の生死を案じたのだろうか?
いいや、そんなはずがない。
彼は、紗良の命を救うために、私を訴え、法廷で腎臓の提供を強要したのだから。そして、彼自身が雇った一流の弁護士の下、私の訴えはあっさり退けられた。
あの手術台で腎臓を摘出される時、私は背中まで汗で濡らしながら、痛みに呻きつつ彼に電話をかけた。
懇願するように言った。
「律真……お願い、もう許して……腎臓を取らないで……本当に、もう耐えられないの……死んじゃう……」
あれほどまでに彼の前で頭を下げたことはなかった。私が間違っていたと認めさえすれば、五年の愛がほんの少しでも彼の心を動かすのではと、そう信じた。
だが——
返ってきたのは冷たい嘲笑だった。
「謝るのは当然だろ。紗良を救えたことを幸運だと思え。おまえが腎臓を渡したくらいで、今までの罪が消えるとでも思ってるのか?
この五年間、紗良をどれだけ傷つけてきたか……全部、あとで清算させてもらうからな。
死にたい?勝手にすればいい。でもな、紗良に謝ってからにしろ」
私は否定したかった。私がやったことじゃないって叫びたかった。でも、もう言葉にする力も残っていなかった。
それでも彼は、吐き捨てるように言った。
「おまえみたいな女、心底気持ち悪いんだよ」
電話が切れた瞬間、私の心も音を立てて崩れた。五年間、律真に注いだ想いも、灰のように消え去っていった。
彼が「気持ち悪い」と言ったこの私に、かつては「一生愛する」と誓い、「君は特別だ」と囁いた。
なのに——紗良が現れた瞬間、私という存在は見事に忘れ去られた。
律真は紗良の頬に優しく手を添え、まるで壊れ物に触れるかのように愛おしそうに見つめていた。
「よかった、生きてて、本当に……よかった……」
目には血のような充血、声はかすれ、それが彼の眠らぬ夜を物語っていた。
でも——その間、私がすでに死んでいたことは、彼の頭をかすめただろうか?
ベッドに横たわる紗良は、無理やり微笑みを作りながら言った。
「律真さん……ごめんね、心配かけて……あの、竹音さん……まだ私のこと、怒ってるかな……謝りにいかなきゃ……」
今にも起き上がろうとする紗良。明らかに芝居じみた動きだが、律真は気づかない。いや、気づこうとしない。
案の定、律真はそっと紗良をベッドに寝かせ、その頭を優しく撫でた。甘やかすような仕草だった。
「無理するな、紗良。謝るべきなのは竹音のほうだよ。君は何も悪くない。君は優しすぎるんだよ」
その様子を見た看護師が、思わず微笑みながら言った。
「本当にお似合いのご夫婦ですね。手術の間、ずっとご主人、廊下で待ってたんですよ。ひとときも離れずに」
紗良は頬を染め、律真は表情を曇らせるも、誤解を解く気配すら見せなかった。
だが、次に続いた看護師の言葉に、場の空気は一変する。
「でもね、隣の手術室の人は、入ってきた時からずっとひとりだったんですよ。亡くなった後も、誰一人来なかった。可哀想にねぇ……」
律真の顔に、わずかな陰りが差す。私は淡い期待を抱いた。もしかして——律真が気づいてくれたら?それが私だとわかったなら?せめて最後のひととき、遺体を引き取ってくれるかもしれないと……
けれど、彼の口から出たのは、ただの溜息だった。
「確かに、可哀想だな」
心が冷え切っていくのがわかった。そうよね。今の彼の世界には、紗良しか存在しない。
そのまま律真は、看護師と一緒に紗良を病室へと運んでいった。
途中、私の遺体が置かれた手術室の前を通りかかった時、律真の足が一瞬止まる。中を一瞥し、何かを感じ取ったような顔をする。そこに横たわる私は、足先だけが扉の外に見えていた。
もし、彼が少しだけ目を凝らしてくれたら、足首にある傷跡が目に入ったかもしれない。
——あの傷は、かつて彼を助けようとして私が負ったものだったのに。
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