八年にわたる冷たい結婚生活、去り際は振り返らず第1話
この話は約2117字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
弁護士の夫と結婚して八年、彼は一度も私を妻として公表せず、娘に「お父さん」と呼ばせることも許さなかった。
何度も、夫は幼なじみの女性のために娘との時間を犠牲にし、挙げ句の果てには、娘を傷つけたその女性を許した。
私はすっかり心が冷え切り、離婚を決意した。
私は娘を連れて、彼の世界から姿を消した。
けれど、彼は離婚を拒み、狂ったように私たちを探し回った。
しかし、今度こそ、私も娘も、もう二度と振り返らない。
* * *
「古賀(こが)主任、今までご指導いただき、本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません」
私は退職願を古賀主任に手渡した。
古賀主任はそれを受け取って中身を見ると、驚いたように私を見つめた。
「仕事を辞める?」
私はうなずき、落ち着いた口調で言った。「仕事を変えたいんです。もう弁護士のアシスタントはやめようと思って。子どものお父さんが海外にいるので、会いに行くつもりです」
古賀主任は一瞬固まり、思わず口をついた。「お子さんのお父さんは亡くなったのかと思った……」
彼はすぐに自分の失言に気づき、気まずそうに笑って言った。「ごめんなさい、言い間違えた」
その後、名残惜しそうな顔で私を引き止めようとした。
「もったいないなあ。本当に優秀なのに。できれば、このまま続けてほしいんだけど」
私は首を振って断り、薄く微笑んだ。
実は、子どものお父さんは死んだも同然だったし、私がどれだけ優秀でも、所詮はただのアシスタントだった。
私は古賀主任に丁寧にお礼を言い、退職を了承してもらったあと、同僚たちと業務の引き継ぎを始めた。
給湯室で、私はネイトと彼の幼なじみであるセレナが親しげに話しているのを見かけた。
ネイトはこの法律事務所の創設者で、私の上司であり、娘のお父さんでもある。
八年前、私は入社してすぐに彼のアシスタントになった。
あるパーティーの夜、私は酔った勢いで彼と一夜を共にし、子どもを授かった。
それがきっかけで彼と結婚したが、それは「秘密の結婚」だった。
彼は私のことが好きではなかった。娘のことも同様で、「お父さん」と呼ばせることすら許さなかった。
一方、セレナは彼の幼なじみで、二人は深い絆で結ばれていた。
座っている二人は、まるで恋人のように親密だった。セレナはネイトの腕にからみつき、全身で彼に寄りかかっていた。
ネイトは彼女に向かって優しく微笑み、その表情は、私の角度から見るとまるで額にキスしているようだった。
オフィスでそんなことをするなんて、もはや常識を逸脱している!
私はつい我慢できず、彼のあだ名を呼んでしまった。
「ネイト……」
彼は冷たい目で私を見て、疑問を投げかけた。
「安井さん、何か用?」
公私をわきまえた口調で、私がただ彼のアシスタントに過ぎないことを伝えている。彼の真面目な顔には、距離感がはっきりと表れていた。
私は気持ちを押し殺し、軽くうつむいて答えた。
「いえ、社長。お水を取りに来ただけです。たまたま見かけたので挨拶を」
ネイトは「うん」とだけ返事をした。
そして彼は何かを思い出したように、私をまっすぐ見て言った。「そうだ、安井さんが担当していた金融法の案件、これからはセレナに任せてくれ」
私は一瞬固まり、反射的に不満をにじませた口調になった。
「でも、その案件はもうほとんど終わっていて、契約も目前なんです」
彼は眉をひそめ、明らかに不機嫌そうだった。
「渡せって言ってるんだ。余計なこと言うな」
そう言って彼は立ち上がり、私に反論の余地すら与えず去っていった。
「しっかりやるよ。ありがとう、安井さん」
セレナは私に誇らしげに微笑み、彼の後を急いで追いかけていった。
私は冷たく笑った。セレナがとんでもなく得しちゃったね。
その金融法の案件が契約に至れば、高額の報酬が入るはずだった。ネイトがセレナに案件を譲れと言ったということは、その報酬も彼女に渡すという意味だった。
こんなの、何回目だろう?
数えきれないほどだ。
私がどれだけ努力して成果を出しても、彼は見向きもしなかった。それどころか、彼は私の功績を平然と他の女性に与えて、喜ばせようとした。
はは……
本当に、胸が痛くなるような仕打ちだった。
ここ数日、娘はずっと私に聞いてくる。彼女は遠慮がちに、でも期待を込めて言った。
「お母さん、明日の運動会とお誕生日……お父さん、来てくれるかな?」
私はどう答えればいいかわからなかった。
ネイトに電話してもメッセージを送っても、まったく返事がなかった。
なのに、セレナのSNSには、ネイトと映画を見に行った写真が投稿されていた。
コメント欄は、同僚たちが【お似合い!】と褒め称えるメッセージであふれていた。
中には、ネイトとセレナに今年結婚しろと急かす声まであった。
【ほんとにお似合い!】
【今年こそ結婚しなよ!】
私は心の中の苦しさを押し殺して、彼の返信を待った。
しかし、その夜、彼は家に帰らなかった。メッセージも、一通もなかった。
私はひとりで酔っ払った。彼の心はもう私や娘に向いていないと分かっているのに、それでも希望を捨てきれなかった自分が、馬鹿みたいだった。
愛されていないのなら、無理に引き留める意味なんてあるの?
ネイト、もういいよ。あなたを自由にしてあげる。
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