八回も延期された結婚式、私は諦めることにした第3話
この話は約1677字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
翌朝、悠真は早くから家を出ていった。
たぶん咲良を迎えに行って、そのままおじいさんに会いに行くんだろう。
私は顔を洗ってマスクして、アパート探しに出かけた。
この家はもう悠真のもの──そう思うと、早く出ていきたい気持ちでいっぱいになった。
大家さんとの内見待ち合わせに向かう途中、つい咲良のSNSを開いてしまった。
そこには、悠真と咲良、そして年配の男性――悠真のおじいさんが並ぶ写真が投稿されていた。
キャプションには「家族写真」と書かれていて、コメント欄には祝福の言葉がぎっしり。
昨夜の出来事で覚悟はしていたはずなのに、胸の奥がまた重たくなって、息が詰まりそうだった。
写真をぼんやりと見つめていたら、タクシーの運転手さんに降車を促されてようやく現実に戻った。
降りる前に、私はその投稿に【いいね】を押して、【お幸せに】とコメントを残した。
内見は順調で、駅近くの病院のすぐそばという理想的なところだった。
少し前に看護師の資格を取って、この病院に採用されたばかりだった。
本当ならこの嬉しい報告を悠真に伝えるつもりだったけど、もうその必要はないのかもしれない。
契約を済ませて家に戻り、荷造りを始めることにした。
だけど、病院の前を通りかかったとき、ふたりに遭遇してしまった。
悠真と咲良は手をつないで、まるで恋人同士みたいに歩いていた。
遭遇と言うより、咲良の方が先にこっちに気づいたんだ。
彼女はわざとらしく悠真の腕をぎゅっと抱き、私に話しかけてくる。
「ことはさんもここにいたんだ、もしかして悠真と一緒に?来たのにおじいさんに会いに行かないの?
まさか、来ることを悠真に伝えてなかったんじゃないの?」
その言葉で悠真は明らかに動揺して、咲良とつないでいた手を急いで離す。
でも、咲良に指摘されるやいなや、彼の動揺は一瞬で怒りに変わって、私を睨みつける。
「なんでここにいるんだ。俺、場所なんて教えてないだろ」
眉をひそめて、表情が険しくなって、恐いほどの目で私を見つめる。
「お前、俺のことストーカーでもしてるのか?」
さらに一歩詰め寄られて、私は思わず後ずさりして、彼の表情は恐ろしいほど歪んでいる。
次の瞬間、彼は片手でぐいっと私の腕を掴み、もう片方の手でマスクを乱暴に引き剥がした。
「この顔で、家で大人しくしてればいいのに、なんで俺の後をつけてくるんだ?前にも言ったよな、顔が治ったら連れてきてやるって。今ついてきて、楽しいのか?」
悠真はただひたすら、私を責め立てるだけ。
理由を聞いてくれる気なんて、これっぽっちもなかった。
通りすがりの人たちが、腫れあがった私の顔をじろじろ見ている。
恥ずかしくて、右手でなんとか顔を隠しながら、精一杯の声で反論する。
「ストーカーなんてしてないよ!」
「じゃあ、どうしてここにいるんだ?」
悠真の目は怒りに染まり、私を睨んでくる。
「まさか病院に診てもらいに来たとか言うなよ?そのくらいの傷で来る必要ないだろ。それとも、余命宣告でも受けに来たのか?」
心臓がぎゅっと押しつぶされて、痛みで息が詰まる。
でも、もう彼にこれ以上何も話すつもりはなかった。
この街でアパートを借りたことも、この病院に就職が決まったことも――全部、決して彼に伝えないと決めた。
何も言えずにいると、悠真はさらに語気を強めてきた。
「どうした、今度は黙り込むのか。ことは、お前って本当に驚かされるよ。じいちゃんに会いたいって一言言ってくれればいいのに、ストーカーまでして、どうかしてるぞ。
次は俺がどこ行くか、そのたびに全部報告しなきゃ気が済まないってことか?」
一瞬、頭が真っ白になって、言葉が出てこなかった。
全部、彼が「来るな」と言い続けていたのに。
いまや、私が悪いことをしているみたいに責められている。
深く息を吸って、涙をこらえる。
しっかりと悠真を見据えて言った。
「信じてくれなくてもいい。けど、私はストーカーなんてしてない」
そう言い残して、悠真の驚いた顔には背を向けて、タクシーを止めて乗り込んだ。
ドアが閉まった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
――もういいや、ふたりには幸せになってもらおう。
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