和紙文傷痕を抱いて悔やみなさい · 第1話設定≡

傷痕を抱いて悔やみなさい第1話

この話は約2673字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

大学の同級生グループチャットで、匿名の暴露話が流行り出した。ルールは、ある人物の特徴を描写し、それが誰かをみんなで当てるというものだ。

誰かがこんなメッセージを送信した。【大学1年の新入生歓迎フェスで司会を務めた、クール系イケメン】

話題は瞬時に私の彼氏、九条北斗(くじょう ほくと)に絞られた。

続いて、その匿名の人物は爆弾発言を連発する。

【左の肩甲骨に火傷の跡がある。ある女子を熱湯から庇ってできたものだ】

【酔うと甘えん坊になって、ベタベタくっついてはハグをせがんでくる】

皆は騒然となり、次々と北斗をメンションして【本当なの?】と問い詰めた。

北斗は呆れたようなスタンプを送信した。【誰だよ、暇なやつ。でたらめ言うな】

しかし匿名の人物はさらに図に乗って送信した。【彼の背中には隠しタトゥーがある。アルファベットのTだ】

これにはグループチャットも蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。なぜなら、クラスのマドンナの名前が橘朋美(たちばな ともみ)だからだ。

タイミングを見計らったように、朋美が本アカウントでメッセージを送ってきた。【もうみんな、からかわないで。北斗が怒っちゃうから】

北斗は怒るどころか、私に個人メッセージを送ってきた。【同級生同士の冗談だから、本気にしないで】

私は呆然と北斗のアイコンを見つめていた。

彼の背中にある「T」は、そもそも彼が私を引っ張って彫りに行ったものだった。

「T」は私の名前である高梨紬希(たかなし つむぎ)のイニシャルで、私を一生守るために体に刻むのだと彼は言っていた。

今になってようやく分かった。あれは彼が他の女のために体に刻んだ証だったのだ。

私たちの秘密の交際は2年になり、彼はいつも「大学を卒業したら公表しよう」と言っていた。

だけど今回は、もう無理に求めるのはやめようと決めた。

* * *

キッチンでは、北斗の好物であるしじみ汁が、小鍋の中でことことと温められていた。

菜箸を握ったまま、私の視線は調理台に置いたスマホの画面に釘付けになっていた。

グループチャットでは冷やかしの声が絶えない。

同級生たちはこぞって北斗と朋美をメンションし、【早くごちそうしろ!】と囃し立てている。

朋美は照れたようなスタンプを送信した。

その下には【運命の二人だな】と感嘆するメッセージが続いた。

北斗はグループチャット内で自ら否定することはなかった。

代わりに、私との個別トーク画面に通知が届いた。

【毎日顔を合わせる仲なんだし、俺が否定したら朋美のメンツが丸潰れになる。お前も大人になって、いちいち拗ねるなよ】

スマホの画面を長いこと見つめ、私はコンロの火を消した。

胸の奥がツンと痛み、息苦しくなる。

あの熱々だったしじみ汁がすっかり冷め切ってしまっても、北斗が帰ってくる気配はなかった。

壁の時計は午前3時を指していた。

スマホがブブッと一度震えた。一通のメッセージだ。

送信元は間違いなく北斗の番号だったが、その文面は彼のものではなかった。

【北斗ったら酔っ払って、抱きついて全然離してくれないの。今夜は私が面倒を見るから、安心してね】

私はすぐに電話をかけた。

呼び出し音が一度鳴っただけで、相手に切られてしまった。

再びかけ直すと、すでに電源が切られていた。

翌朝の早朝、ドアの鍵がカチャリと回った。

ドアが押し開けられる。朋美が北斗を支えながら入ってきた。

北斗は彼女の肩にもたれかかり、目をうっすらと閉じている。

朋美はドアのそばに立つ私を見ると、口元に笑みを浮かべた。

彼女は私を避けることなく、あろうことか私の目の前で、乱れた北斗のシャツの襟元を直すように手を伸ばした。

そのわざとらしい仕草で、襟ぐりがわずかに引き下げられる。

露わになった彼の首筋には、くっきりと生々しいキスマークが残っていた。ひどく目に刺さる。

朋美は声を潜めて口を開いた。

「昨夜、北斗がどうしてもって暴れて聞かないから、ベッドで休ませるのに一苦労だったわ。この人、胃が弱いから、早く何か温かいものを作ってあげて」

そう言い残すと、彼女は北斗の体を私に預け、背を向けて去っていった。

私は北斗を支えてソファに座らせ、キッチンから温め直したしじみ汁を運んできた。

北斗はお椀を手にとって一口飲んだ。すると即座に眉をひそめ、ドンッとお椀を強く置いた。

「なんだこれ、不味すぎる。昨日は迎えにも来ないくせに、今日はしじみ汁一つまともに作れないのか。紬希、お前どんどん物分かりが悪くなってるぞ」

私は何も反論せず、うつむいてまな板の上のリンゴを切り始めた。

心が少し動揺していた。

刃先がスルッと滑り、人差し指の腹を深々と切り裂いた。

カチャンと澄んだ音を立てて、フルーツナイフがシンクに落ちる。

北斗が振り返った。彼の顔から苛立ちが綺麗さっぱり消え失せ、血相を変える。

彼はすぐにキッチンに飛び込んできて、私の手を掴むと蛇口の下へ持っていき、水で洗い流した。

冷たい水が傷口を洗い流す。

北斗の両手は震えていた。「なんて不注意なんだ!こんなに深く切って……絵を描く手に何かあったらどうするんだ!」

彼は焦った様子で救急箱を引っ張り出し、うつむき加減で慎重に薬を塗り、包帯を巻いてくれた。

この瞬間、彼はまたその目に私しか映していなかったあの頃の北斗に戻っていた。

しかし手当てが終わると、彼は私の手を離した。そしてため息をついた。

「朋美は一晩中、俺の面倒を見てくれて疲れてるんだ。周りの無責任な噂話のせいで、あいつに敵意を向けるのはやめてくれ。いつもそうやって意地を張るの、いい加減にしてくれないか」

北斗は立ち上がった。彼の着ているシャツは完全に前がはだけていた。

私に背を向けた時、左肩の後ろにあるタトゥーがむき出しになる。

黒々とした「T」の文字。

彼へのすべてのときめきが、このアルファベットの前で粉々に打ち砕かれた。

私はフルーツ皿を片付け、静かに後ずさりした。

「わかったわ。もう意地は張らない」

北斗は一瞬きょとんとした。私が今日これほど落ち着いているとは予想外だったようだ。

彼はこくりと頷き、寝不足を補うため寝室へと入っていった。

机の上のスマホが突然震えた。指導教官からファイルが送られてきた。

【S市芸術大学・進学特別推薦申請書】

添えられたメッセージが続いた。

【高梨さん、これはまたとないチャンスだ。あちらへ行けば、業界トップクラスの現場でイラストの技術を磨くことができる。締め切りは1週間後だ。よく考えてみなさい】

ファイルを開き、画面を一番下までスクロールする。私の視線は、署名欄の空白に釘付けになったまま、長いあいだ動かなかった。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)